
氷上から路上、勝利の意味と意義 小平奈緒|Specialized TARMAC SL8

小俣 雄風太
- SPONSORED
平昌五輪日本代表選手団の主将を務め、金メダルを獲得したスピードスケーターの小平奈緒さん。本誌5月号の「峠の肖像」で彼女の地元でもある塩尻峠を走った。これまであまり語られてこなかった彼女の自転車ストーリーから、愛車ターマックSL8が掲げる「勝利」というテーマまで語ってもらった。
INDEX
小学生、スケートでマウンテンバイクを勝ち取る
登坂に差し掛かっても、下ハンドルを握ったまま重いギアでグイグイと進んでいく。ダンシングなのに、上半身がピタリと止まってブレることがない。それはいつかテレビで見た、彼女の氷上における滑りの安定感と重なるものだった。
スピードスケート500m平昌五輪金メダルや、国内外のレースで37連勝といった輝かしいキャリアを築き上げ、2022年に競技を引退したスケーターの小平奈緒さんだが、実は自転車との付き合いは長い。
「最優秀選手にマウンテンバイクが贈呈されるスケートの大会があって、小学4年・5年生と連続していただいたんです。それでスケートのトレーニングにもいいだろうからと父と八ヶ岳の麓までサイクリングをしていました。2台あるので、父も乗れたんです(笑)」
ちなみに6年生の時も最優秀選手に輝いたが、さすがに3年連続でもらうのは憚られると、男子選手に譲ったという。幼くして頭角を表していた小平さんは、やはりスケートのトレーニングのために中学生でロードバイクに乗り始めた。高校生、大学生とトレーニング機材としてのロードバイクは常に傍らにあった。
小平さんに限らず、スケート選手はロードバイクによく乗る。スケートのオフシーズンに当たる夏季にトレーニングができ、速度感(トップスピードは時速60km!)や空力には両種目で共通するところがあり、関節への優しさはスケーターにとっても魅力だ。それに高い身体能力を誇るスケーターが、自転車のトラック競技で結果を出してきた歴史も我が国にはある。スケーターは自転車に乗るもの、というのはサイクリストの共通認識でもある。

ダンシング・アウター縛りの山岳タイムトライアル
現役時代の小平さんの自転車トレーニングについて聞いてみよう。
「学生時代から社会人にかけては長野市を拠点に練習していました。週に一回、ヒルクライムの練習を入れていて、エムウェーブから菅平の登り口までウォーミングアップで走り、そこから登坂。上りを2区間に分けてのタイムトライアルです。それぞれ15分と20分くらいあって、最後は倒れ込むまで追い込んで。喉の奥に鉄の味を感じていました(笑)」
峠タイムトライアルというと、自転車乗りとしてはただ苦しく追い込むためのトレーニングに思われるが、小平さんの意識は違っていた。心肺に負荷をかけることはもちろんだが、もっと重視していたのは、どうすれば適切な推進力を得られるかということ。
「なるべく全出力をペダルに伝えたくて。登っている時は重力に引っ張られて進まない感覚があったので、ポジションや漕ぎ方をいろいろ試しながら、どこが自分の中心かを探しました。それが掴めるようになると、しっかり回せる手応えを得て、より追い込めるようになりました。次回もっと速く走るために、どこを工夫しようかと愉しんでいた記憶があります」
氷上で0コンマ1秒を探求するスピードスケーターにとって、全身の筋力を効率的な推進力にいかに変換するかというプロセスは自転車でも変わらないというわけだ。しかし自転車に対してもこれだけの目的意識を持てたのは、小平奈緒という探究心の塊のような人だからかもしれない。
「当時はもちろん登坂のタイムも見ていましたが、それ以上にどういう風に自転車に乗ったらスケートにつながるかを考えていましたね。だから2区間ある前半のセグメントでは、アウターとダンシング縛りにして、どう上半身と連動させて推進力を得るか、常に氷上の滑りとリンクさせて考えていました。スケートの選手は脚が強いので、シッティングだと脚力頼りでも結構走れてしまうんです」
登坂でも下ハンドルを握りグイグイと走る彼女のライディングスタイルは、スケーターとしての探求が生み出したものだった。氷上での滑りを意識したフォームなのだから、上体がブレないのは当然のことだ。ちなみに上体だけでなく、小平さんの走るラインも真っ直ぐで乱れがない。
ライドは週5日!のオランダ留学時代
スケート競技生活を通じて自転車が傍らにあった小平さんだが、一番乗っていたのはオランダ留学時だという。本記事の読者には、オランダが自転車の強豪国であることは説明不要だろうが、同時にスピードスケートの本場でもある。ツール・ド・フランスを制したデミ・フォレリングを始めとしたオランダのロード選手たちは、オフシーズンの冬には自身のSNSでスケートを楽しむ姿を投稿している。自転車もスケートも、オランダ人には身近なもののようだ。
「オランダでは自転車道路が張り巡らされているのと同じように、あちこちに運河が流れていますから、冬になって運河が凍ると、みんなスケートで滑り出すんです。スケートで親戚の家に行くなんてこともあるんですよ」
小平さんは2014年からスケート留学のため2年間オランダに滞在した。プロ選手を多く輩出するヨーロッパの本場でスケートを学ぶ中で、自転車トレーニングの割合の大きさに驚いたという。
「オランダ留学時は週に5日はロードバイクに乗っていました。人生で一番乗っていましたね。日本では集団で走ることがあまりなくて、オランダで前のライダーの後ろにつく走りを覚えました。風が強いので、風の角度によってつき位置を変えるなんてことも学びました。天気も悪いので雨雲レーダーの見方とか、雲から逃げるような走り方も身につきました(笑)」
大抵の悩みは2時間のライドが解決してくれた
もはや自転車留学か、という内容だが、オランダ留学時のライド時間は小平さんにとっても大切なものだった。
「長野は坂が多いので、長く自転車に乗るということが難しい。でもオランダは平坦だから、2時間・3時間と走れる。そうすると自分と向き合う時間がすごく多くて、ちょうどいい強度で景色を味わいながらペダルを漕いでいると、自然と心と身体が整理されるんです。大抵の悩みは2時間のライドで解決してきた、という感じです。日本では心臓と呼吸の音しか聴こえてきませんでしたが(笑)、オランダではメンタルに効果がありましたね」
速く走るための道具、あるいは身体を追い込む機材だけにとどまらず、ある種のマインドフルネスをもたらしてくれるものとしての自転車。競技を引退した今も、小平さんが自転車に乗る理由がここにある。
「会社に勤めるようになって、デスクワークで狭い空間でパソコンとにらめっこする日々ですが、ずっと座っていられないんですよ、性格的に(笑) 緑のあるところまで行って、風に当たったり太陽を浴びたりしたくなる。そこでロードバイクの出番ですね」
ちなみにそんなリフレッシュライドでも、走り始めには少し追い込む時間を作るのだという。「現役時代ほどではないですけど」と前置きをした上で、「10秒踏んで50秒休む、のセットを6〜8本くらい入れるんです。最初に脈拍を上げておくと後はすごく気持ちよく走れます」と笑う。
日常の生活にロードライドがある小平さんの相棒は、スペシャライズド・ターマックSL8だ。これまで少なくないロードバイクに乗ってきた小平さんも、ファーストライドから驚きを覚えたという。
「最初に乗ったときは、軽すぎて不安になりました。走ってみるとギアが1枚軽いんじゃないかっていうくらい進んでくれて。スケート靴でもそうなんですが、いい意味で力の逃げ場がない機材ですね。力が円でちゃんとかかるというか、回した分だけついてきてくれるバイクです」
小平さんのターマックSL8レビュー
スケートを念頭に置きながら、全身でロードバイクを乗りこなしてきた小平さんだが、ターマックSL8はどのように乗っているのだろうか。
「以前、短期間ですがSL7をテストバイクとして乗ったのですが、比べるとSL7の方が硬めで『踏んでいる』感覚が強かったです。SL8はもう少ししなやかな剛性感で、『踏んでいる』感を期待すると最初は違和感を覚えるかもしれません。でもこの不思議な感覚を乗り越えると、心地よく走れます。
この不思議な感覚を乗りながら徐々に自分の感覚に近づけていって、いまはバイクと自分の身体が合って走れるようになりました。いい意味で抗わないというか、バイクが反応する動きに身を委ねるように走ると、よく進むことに気づいたんです」
ところどころで追い込んで自身の身体と対話し、眼の前に広がる自然の中へ入っていくマインドフルネスなライド。そんな心地よいライドだからこそ、身体とバイクが同調していてほしい。持ち前の身体感覚で、ターマックSL8との一体感を高めていった小平さんの言葉には、がむしゃらに踏むだけがバイクの性能を引き出すわけではないという、忘れがちな事実に気づかせてくれるものがある。
小平奈緒にとっての勝利の意味と意義
ターマックSL8が掲げるメッセージは「勝利」。スペシャライズドが誇るピュアレーシングバイクとして、パリ五輪やツール・ド・フランス総合表彰台など数々の勝利を飾ってきた一台だ。氷上で数々の栄冠を味わい、世界の頂点に輝いてきた小平さんは、「勝利」が持つ意味を聞くのにこれ以上ない存在だ。
しかし彼女の答えは、質問の浅薄な意図の向こう側にある、意外なものだった。
「一般的に勝利には、誰かに勝つとか、誰かより優れているという印象があると思いますが、私はその考えがあまり好きではないんです。自分の中での勝利は、『自分自身の身体を最大限引き出す』ことじゃないかな、と考えています」
これは意外な回答でありながらも、小平奈緒という深慮のアスリートを前にすると、極めて率直な言葉だとも感じられる。それは謙虚さから来る言葉ではなく、探求に生きる人がなおも確たる手触りを探しているからこそ発せられた言葉ではないか。
「例えば、レースをフィニッシュした時の『あぁ今のレース、気持ちよかった』という感覚。順位よりも、タイムよりも自分の身体に返ってくる心地よさを覚えたときに、勝利という言葉が浮かびます」
そんな瞬間を、小平さんは現役最後のレースで経験した。2022年10月22日、長野市のエムウェーブは小平奈緒の最後のレースを観ようと詰めかけた人たちで満席になった。スケートの大会で会場が埋まったのは長野五輪以来だったという。前年の北京五輪前に怪我に見舞われた小平さんにとって、自分の滑りをする文字通り最後の舞台だった。
「(金メダルを獲得した)オリンピックよりも、最後のレースが私にとっての最高傑作だと思っています。最後のレースで、一番いい形で滑りを追求できたからです。フィニッシュで頭に浮かんだのは、誰かに勝ったということよりも、この身体をくれた両親への感謝。スケートに出逢えて、この身体でいろんな遊びができて、いろんな感覚と出逢えて、いろんな言葉と出逢えて、いろんな人たちと出逢えてきたこと。それは誰かと比べる必要がないことだと思います」
しかし常に順位で序列が決まるエリートスポーツの世界で滑ってきた彼女が、いま勝利の意味を内面化しているのは、引退後の人生での出逢いも大きく影響しているという。
「ずっと競技者としてやってきたので、スポーツをやっていると基本的に人はうまくなる方向に向かうことがほとんどだと思っていました。でも今、病院に勤めるようになって知ったのは、必ずしも良くなる方向に向かう人たちばかりじゃないということ。良くならない現状を生きている人もいる。そういう人たちと時間を過ごす中で、その人たちなりの生きる納得がそこに見つけられるのであれば、それは勝利なのではないかと思うようになりました」
誰よりも勝利に祝福されたキャリアを歩んできた元トップスケーターは、今、誰にでも見出だせる勝利を喜びたいと考えている。
「誰かと比べたり、順位がつくことに勝利の意味を求めすぎてしまうと、どこにも辿り着けなくなってしまう。だから自分なりの納得や、オリジナリティを追求するという意味で、スポーツや、サイクリングがあると嬉しいなと思います」
勝利は特別な感情の発露だが、限られた者だけの特権では決してない。
Tarmac SL8 Pro UDi2
完成車価格:1,133,000円(税込)






Tarmac Test Days ~次世代の速さを体験せよ~ 全国試乗会ツアー開催中
スペシャライズドは2025年5月6日(火)までの毎週末、日本各地のスペシャライズドストアを中心にS-Works Tarmac SL8の試乗会ツアーを開催中。お近くで、異次元のスピードを体感する格好の機会だ。
Tarmac Test Daysの詳細はこちら
Let’s Rideキャンペーン
春は新たにサイクリングを始めるにも、より快適なライドを求めてバイクをスイッチするにも絶好の季節。期間中、スペシャライズドバイクの購入金額10%分のスペシャライズドアイテムがプレゼントされるキャンペーンを実施中。税込10万円以上のお買い物で分割払い最大24回まで金利手数料が無料となるプログラムも利用できる。2025年5月31日(土)まで。
Let’s Rideキャンペーンの詳細はこちら
それぞれに個性豊かなスペシャライズド 3 Icons
スペシャライズドが提唱する3 Iconsのバイク「Tarmac」(勝利)「Roubaix」(挑戦)「Aethos」(自由)全てのS-Worksに乗ってきた。さらに普及グレードのバイクもこれで全てコンプリートとなる。トップエンドはもちろん、間口の広いグレードにも息づくバイクのメッセージを体感してほしい。
S-Works Tarmac
勝利を命題付けられた、スペシャライズドのピュア・ロードレーシングマシン、Tarmac。そのS-Worksグレードに乗った最初の感覚は意外にも「楽しい!」というものだった。
▼金精峠を走った「S-Works Tarmac」の記事はこちらから
S-Works Roubaix
フューチャーショックを搭載し、走れる道を拡張するロードバイクRoubaix。その走行性能の高さは登坂とグラベルが入り交じるコマクサ峠のライドで真価を発揮した。S-Worksグレードをテスト。
▼コマクサ峠を走った「S-Works Roubaix」の記事はこちらから
Roubaix
「挑戦」を掲げるRoubaixこそ、多くのライダーに選ばれるべきバイク。フィーチャーショックをもちろん搭載し、上りを含むどんな道へも冒険ライドへ出たくなる。
▼風張峠を走った「Roubaix」の記事はこちらから
S-Works Aethos
「ライドをそのものとして楽しむ」ためのバイクがAethos。S-Worksグレードは軽量バイクとして注目されることも多いが、その本質は優れたライド体験にある。富士スバルラインの20kmに及ぶ登坂では、このバイクをじっくりと味わった。
▼富士スバルラインを走った「S-Works Aethos」の記事はこちらから
Aethos
「Aethos」を多くのライダーに味わってもらうためのCompとSportsグレードもテストライド。アンダー40万円でこの性能を所有できることの価値。
▼ヤビツ峠を走った「Aethos」の記事はこちらから
- BRAND :
- Bicycle Club
- CREDIT :
- 編集:Bicycleclub TEXT:小俣 雄風太 PHOTO:水上 俊介
SHARE