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Jプロツアーに舞い戻った稀代の流星 古田 潤【La PROTAGONISTA】

高校時代、かの大宮政志コーチに“10年に一人の逸材”といわれ、
インターハイ3連覇へのエースとまで期待された少年に訪れた突然の悲劇。
ズレた歯車は若くして多くの葛藤を抱える試練を与えた。
今季再びJプロツアーに帰ってきた群馬グリフィン古田潤の半生に迫る。

■■■ PERSONAL DATA ■■■
生年月日/1996年9月27日 身長・体重/178cm・65kg
血液型/A型

群馬グリフィン 古田 潤

【HISTORY】
2012-2014  昭和第一学園自転車競技部
2015     日本大学自転車部
2016-2017  リオモ・ベルマーレ・
2018     東京ヴェントス
2019     群馬グリフィンエリート
2020     群馬グリフィン

自転車少年たちの道が開かれた時代

1996年、今中大介がツール・ド・フランス日本人初出場、その13年後、彼のバトンを受けた別府史之、新城幸也が2009年に出場を果たしたことで、多くの自転車少年たちがツール出場を現実の目標に掲げた。

時を同じくして国内ロードレースのプロリーグ化が本格的に進み、高校・大学で自転車競技に挑む若者たちに、それまで以上に大きく注目が集まる時代となった。現に2013年のインターハイロードレースでゴール勝負に挑んだ14人のうち、優勝者の山本大貴(当時榛生昇陽高3年 現キナン)を含む8人が現在Jプロツアーで活躍している。

そして、この大会で7位となり、その後Jプロツアー3チームを渡り歩いた古田潤をプロタゴニスタはフォーカスした。

天性のペダリングを持った少年

昭和第一学園はオリンピアンの大宮政志をコーチに、前年度インターハイ総合優勝を経験した西村大輝、馬渡伸弥、伊藤和輝、菊山将志を3年に擁する強豪。そこに古田は橋詰丈とともに入部した。「元プロロードレーサーの父を持つ丈は、1年生にして高校選抜で優勝してしまうほどの実力を持っていた。そして僕の初めての競技活動は、強運と言えるほどの好環境で始まりました」。

大宮コーチの指導のもと、彼の才能が開花するまでに時間はかからなかった。人生3度めのロードレースとなった東京都ロードでは、橋詰とともにワンツーフィニッシュを果たす。そして、大宮コーチは古田のペダリングの巧みさに注目した。「当時自分ではよくわからなかったんですが、加速力は並みでもトップスピードを持続する場面で僕のペダリングは理想的だったようです」。

さらに入部から3カ月で、先輩たちのインターハイ2連覇の偉業達成を目の当たりにする。身近な彼らを目標に練習に打ち込み、1年生で第5回ステージレースin岩手のメンバーに抜擢された。徳田優、小橋勇利、城田大和ら強力なライバルを相手に、第3ステージでリーダージャージを奪取した橋詰丈を守るべく、チーム一丸となって最終ステージを走った。「競技歴たった9カ月で偉大な先輩に指示を受けながら戦った最良の一日でした」。

そして古田の才能は2年生で開花する。大分インターハイのチームスプリントを4位、ロードレースを7位でフィニッシュ。国体少年の部1kmTTを7位、高校選抜は3位と、古田は短距離から長距離まで活躍できる選手へと成長を遂げた。この活躍に目を留めた大学自転車部からの声もかかり、3年のインターハイに向け準備を続けていたとき、悲劇は起こった。

2014年7月、信号無視で交差点に進入してきたクルマと衝突、首の第4頚椎棘突起を骨折する大けがを負ってしまう。幸い命に別条はなかったものの進学審査もかかったインターハイを欠場、無念を味わった。

それでも8月末の都道府県対抗1kmTTで5位に入賞し復活を証明。しかし、このとき狂った歯車が現在まで彼を悩ませることとなるとは知る由もなかった。

事故で負った、背筋の筋肉の伸展や旋回に作用する部位の負傷は、慢性的な腰痛と、理想とも称えられたペダリングの感覚を失うという試練を彼に与えた。

壁に直面するたびに現れた出会い

高校卒業後は日本大学自転車競技部に入部するも生活になじめず半年で退部。Jプロツアーチーム、リオモ・ベルマーレの若手選手募集を目にして連絡をすると、オールラウンドに戦える実績を認められ、2016年にJプロツアーデビューを果たした。「19歳でのこの急展開は想像していませんでしたが、ヨーロッパでプロとして戦った宮澤監督のアドバイスが大きな刺激となりました」。

しかし、Jプロツアー1年めは大きな洗礼を浴びる。「スタートから終始スプリントを繰り返しているような激しい強度。少し気が緩むとあっという間に最後尾に押し出されてしまうポジション争い。高校時代の実力に対する自信は見事に打ち砕かれました」。

悶絶した1年めを経験すると、宮澤監督の指導で腰まわりをフォローする筋力トレーニングを取り入れながら、オフシーズンのベース作りのためにタイ合宿へ。「ここで土井雪広選手と新城幸也選手に出会いました。土井選手と走りながら、腰のケア、体幹を入れたペダリング、パワーと感覚を擦り合わていく技術を学び、新城選手にはオーバーワークに気を付けながら2500kmの乗り込み練習をつけてもらいました」

そして迎えたシーズンはレースの景色が明らかに変わった。高まったベースを武器に、レースの展開を冷静に判断し、チームメイトとの連携もとれるほどの走力を手に入れていた。

しかし運命は彼の歩む道を再び困難に導いた。2018年は誘いを受けていた東京ヴェントスに移籍しスタートするも、シーズン前半に交通事故にあい腰を強打。左脚の力が入らない症状でリハビリ生活を余儀なくされた。「結果的にレースが走れず翌年はエリートに転落。あの日インターハイで争ったライバルたちがプロで注目されていくなかで、僕は肩を並べるどころかスタート地点にも立てていなかった」。

翌年、群馬グリフィンのサテライトチームへ移籍。2019年は成績を残して1年越しで今季Jプロツアーに復帰を果たした。「壁に立ち向かうたびに人生のきっかけとなる出会いがあり、今こうして再び戦う準備が整うところまできました。僕は恵まれた選手だと思っています」。

10年に一人の逸材と言われた男。その人生を賭けたペダリングを応援してきたい。

自分を信じて踏み続けた日々。苦難を乗り越えた古田潤は再びスタートラインに立った

REPORTER

管洋介

海外レースで戦績を積み、現在はJエリートツアーチーム、アヴェントゥーラサイクリングを主宰する、プロライダー&フォトグラファー。本誌インプレライダーとしても活躍
AVENTURA Cycling

 

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PROFILE

管洋介

BiCYCLE CLUB / 輪界屈指のナイスガイ

管洋介

アジア、アフリカ、スペインなど多くのレースを走ってきたベテランレーサー。アヴェントゥーラサイクリングの選手兼監督を務める傍ら、インプレやカメラマン、スクールコーチなどもこなす。

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