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大器の片鱗を見せる若きパンチャー 西尾勇人【La PROTAGONISTA】

北海道札幌市で育ち、一人で立ち上げた自転車部競技部。
少ないレース経験ながら好走した全国大会をきっかけに順天堂大学、那須ブラーゼンと世界を広げた。
エース下島将輝とともにチームの要としてシーズンを迎える西尾勇人にプロゴニスタはフォーカスした。

■■■ PERSONAL DATA ■■■
生年月日/1994年1月9日 身長・体重/171cm・57kg
血液型/A型

那須ブラーゼン 西尾勇人

【HISTORY】
2009-2011  札幌拓北高校自転車競技部
2012-2015  順天堂大学自転車競技部
2016-現在   那須ブラーゼン

「今日はあの山で競争しよう、ここからスプリントしようという具合に、弟といっしょに北海道を走りまわっていたのが僕の自転車人生の始まりでした」

本誌の取材で、筆者は初めて大学1年の彼に出会った。個性あふれる順天堂大学のメンバーのなかで、とりわけ華奢に見えた。あれから8年、チームの要として那須ブラーゼンを背負って走る西尾勇人。精神的にも肉体的にも成長していくその姿に驚かされる。現在、西尾はいっしょに北海道を走りまわったその弟とともに、那須ブラーゼンに所属する。

無我夢中の走りの末に突然訪れたチャンス

自転車との出合いは中学時代。競技スキーのオフトレとして勧められたMTBで野山を駆けめぐり、やがて一台のロードバイクを手に入れた。大人に混ざり兄弟で地元の市民レースを走るうち、ロードレース特有の駆け引きやスピードに魅せられていった。

2009年、札幌拓北高校に進学。弟の入学に先駆けて学校にかけ合い、自転車競技部を創設した。まさしく「一人自転車部」。「他校の強豪選手の名前すら知らずにスタートラインに並んでいました。ひとつ下の同郷、小橋君(元シマノレーシング)は四国の高校に進学して1年めにインターハイで優勝してたんですから、明らかに意識が違いますよね」

北海道から全国大会を転戦するも、同時代を戦った小橋勇利、徳田優(現チームブリヂストン)、西村大輝(現宇都宮ブリッツェン)らプロレーサーの夢に躍起だつ選手たちに比べると、すべてに無知でマイペースだったと自身を振り返る。とはいえロード競技のおもしろさは彼を虜にした。

2010年8月、都道府県対抗ロードレース山口大会では11位でゴールに飛び込んだ。

「成年の選手たちにもまれ、厳しいコースに脚がつりながら必死にしがみついて走りました。すると、全国の代表が集まる大会で高2の僕がかなり上位に入っていた」

この大会で優勝した村出真一朗が当時順天堂大学のコーチであったことをきっかけに、西尾の運命は急展開を迎える。

「高校3年になり地元の大学への進学を考えていたところ、順天堂大学からスポーツ推薦のオファーがあると、北海道車連から突然連絡が来たんです。予想だにしていなかった話に戸惑いましたが、村出コーチの打診に受験を決意しました」

強豪が居並ぶ本格的な競技部に入団

入学して自転車競技部のドアを開けると、そこには見たこともなかった世界が広がっていた。

「充実したトレーニング施設に最新の機材、そして学連の最前線で活躍する選手たち。まったくもって無名の自分はその場に立っているのが不思議なほどでした」

奇しくも彼が入部した2012年は順天堂大学の黄金時代。その年インカレロードで優勝する中尾圭佑をはじめ、辻本尚希、布施光など全国区で名を上げた選手たちがそろっていた。トレーニング方法も知らずに入部した西尾は練習でちぎれては待ってもらうことを繰り返す日々……。出遅れ戸惑いながら、彼らの大活躍を目のあたりにする。

「入部当初の体重は50kg。学連で戦うにはとにかく線が細くて、先輩方に『まずは食えよ』と言われ増量し、2年かけてようやく完走ができるようになりました」

そして再び転機が訪れる。部を黄金期に導いた形本監督と村出コーチが退任、主力メンバーは卒業し、西尾はロード班唯一の4年生として主将を任せられることとなったのだ。

「はた目にも明らかに部の勢いが下降していくなかでの重責。かつての練習メニューをかき集めて後輩に指示を出し、自分が活躍することで部の士気を上げる必要がありました」

ここから西尾の走りは大きく変わる。学連のクリテリウムで入賞、5月の修善寺オープンロード100kmでは強豪を破り、なんと全国区の大会で初優勝を果たす。

そのレースは中盤、主力エスケープにメンバーが乗りそこねた展開に危機を感じ、渾身の力でブリッヂをかけた。そして、僕が部をリードしなくては!との思いで、最後の秀峰亭で先行する橋詰丈(中央大学)を抜き去り、ゴールで拳を空に突き上げた。

「自分は競技を知るのにほんとうに時間がかかった。しかし大学4年めでものにした初勝利だけで、このまま引退してしまうのか……。でもそこで、いや僕はプロになりたい!と強く思いました」

この活躍を知った村出が、当時那須ブラーゼンGMの清水良行に折衝、2016年、プロレーサー西尾勇人が誕生した。

ヒザの故障を繰り返した4年間

Jプロツアーデビューした西尾は、思わぬ能力を発揮することとなる。通例プロ1年めの選手が苦渋を味わうプロレースの密集度と高速の展開にいち早く順応し、クリテリウムで20位以内にコンスタントに入ったのだ。

「レース全体をみる力、そしてMTB、スキー競技のおかげです。ハイスピードでコーナーが続くクリテリウムでは瞬間的な位置取りを重ねて、ゴール前ではレース前方で展開できました」

そしてピークスコーチンググループの南部博昭コーチとの出会いは彼の可能性を大きく広げた。

「高い強度を組み合わせていく独特な練習方法でした。毎日2時間以上、10日間連続でローラーにまたがり、ゲーム感覚でメニューをクリアしていった。その結果、自分が驚くほど走れるコディションにあることを知りました」

2018年のJプロツアー開幕戦ではチームブリヂストン窪木一成、宇都宮ブリッツェン鈴木譲、小野寺玲らとエスケープし、ゴール目前まで勝負を繰り広げる大活躍を見せた。しかしこの直後、膝蓋骨の炎症が発生し2カ月の戦線離脱。だが5月には復帰して7月の矢板ロードでは4位という復調ぶりで周囲を驚かせた。

ところが9月の雨の前橋クリテリウムで集団落車、膝近辺裂創の大ケガで再び戦列を離れる。

「その後もヒザの故障に悩まされ、昨年は苦渋を味わう1年となりました。しかし今シーズンは心機一転、すべてを見直し準備は万端です。僕は自転車を学ぶのが遅かったから……。今なお進化を実感しながらシーズンを迎えられるのがとても新鮮です!」

高出力を維持し続けるダンシング能力は彼の大きな武器。爆発に期待だ!

REPORTER

管洋介

海外レースで戦績を積み、現在はJエリートツアーチーム、アヴェントゥーラサイクリングを主宰する、プロライダー&フォトグラファー。本誌インプレライダーとしても活躍
AVENTURA Cycling

 

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PROFILE

管洋介

BiCYCLE CLUB / 輪界屈指のナイスガイ

管洋介

アジア、アフリカ、スペインなど多くのレースを走ってきたベテランレーサー。アヴェントゥーラサイクリングの選手兼監督を務める傍ら、インプレやカメラマン、スクールコーチなどもこなす。

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