ツール・ド・フランスを悩ます、コロナ禍での観客のマスク着用問題
山崎健一
- 2020年08月22日
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8月29日からいよいよスタートする世界最大の自転車レース、ツール・ド・フランス。ただ、このビッグレースをこのコロナ禍でどう開催するのか? さらに、その気になる新型コロナウイルス対策はどうなっているのか? をUCI(国際自転車連合)公認代理人の山崎健一さんが解説する。
まだまだ新型コロナの猛威が収まらない欧州
マスク姿でメディア対応するベルナール・イノー氏。PHOTO: A.S.O./Clara Langlois Lablatinière
8月20日現在、EU/EEA(欧州経済領域)+英国での感染者数は約198万人、死者数は約18万人にまで上っています。
コロナ封じ込めを狙い、イギリス、フランス、スペイン、ドイツ、ベルギー等では、地域や都市によって若干異なりますが、基本的に屋内の商店(スーパーマーケット、レストラン、バー等)でのマスク着用義務があり、破ったら罰金。欧州で最も新型コロナの打撃を受けながらも、あくまでも北部地域(ロンバルディア、トスカーナ等)のみのマスク着用義務だったイタリアも、とうとう8月中旬から全国規模で夜間(レストランやバー)のマスク着用義務令を採用。
さてこの罰金、実際どのくらいの額なのかと云うと、フランスの場合は初犯が135ユーロ(2万円弱)で、その初犯日から15日以内に再度違反すると、最高で1,500ユーロ(20万円強)。更にさらに仮に4回違反を起こした場合は最悪で六箇月の禁固刑+3,750ユーロ(約50万円)の罰金。さすがは強制外出禁止令(ロックダウン)をも施行していたフランス!と変に納得。
しかしマスク着用文化が全く根付いていない欧州では、実はあまり順守されていないのが現実です(汗)。
マスク着用義務が厳守されているとはいいがたい
上記図はパリ市が8月14日に発行した屋外でのマスク着用義務地域マップ。紫部分では屋外でも着用義務があるものの、地区ごとの足並みが揃わない。
フランスの場合、7月から屋内商業施設(レストラン、バーなど)でのマスク着用が既に義務化され、9月1日からは会社のオフィス内でも義務化。更にさらにパリ地区では、8月14日から屋外での着用も地区別で義務化となりました。しかしながら、地区ごとの足並みが揃わずに若干カオス状態に陥っているのが現状です。
そんな混乱の中、8月18日に無観客で開催された欧州サッカーのプロ最高峰チームを決定する「UEFAチャンピオンズリーグ」準決勝。
パリを拠点とするパリ・サンジェルマン(PSG)とドイツのRBライプツィヒが、決勝進出をかけて戦った試合では、フランス中のバーやカフェに、パブリックビューイングを楽しみたいサッカーファンが集結。特に首都でPSGの本拠地パリでは大変な盛り上がりを見せましした。
しかしマスクを嫌って着用しないファン達が多く集い、バーへの入場に際しては各地でイザコザが発生。中には客へのマスク着用を諦めて、入場を許す店舗も。これに輪をかけて混乱に火を注いだのは、前述の地区ごとに異なる屋外でのマスク着用義務方針。
マスク着用を断固拒否するファンはメディアの取材に対し「警察が近くに来た時にマスクを着用すれば罰金は取られないよ。楽勝さ」とうそぶく始末。
この様に、未着用者からは罰金も取る!と一見勢いがある様に見える欧州ですが、現実的なマスク着用実態はかなり怪しいようです。
欧米では、コミュニケーションの最大のツール(道具)である「顔」が隠されるマスクへの生理的な嫌悪感や、マスクなんて重病人か顔を隠さないといけない怪しい人がするものである、という強烈な固定概念があり、それがこの期に及んでもマスク着用を嫌悪する背景にあるのではないかと思います。これを日本に例えた場合・・・たぶん「全国民、長ズボンは禁止!全員短パンを履きなさい!」ぐらいのインパクトがあるのではないかと思います。
欧州各国に於けるマスク着用実態のアンケート「あなたはマスクを着用していますか?」(6月28日データ、Statista) 。茶色&緑はそれぞれ「頻繁に&常に」マスクを着用。
選手、行政、観客間の板挟みになるレース主催者たち
クリテリウム・ドゥ・ドーフィネではゴール地点の観客がマスクをしていたが、徹底していた。PHOTO: A.S.O./ Alex Broadway
欧州の“ストリート(現場)“事情を反映するように、ロードレースの沿道でもマスク着用義務を怠る観客が散見され、観客からのウイルス感染を恐れる選手達が不満を漏らし始めたレース界。
特に、主催者にとってはやっと開催にこぎつけた“興行“の演者である選手+チームがウイルスリスクに晒され、仮に感染者が出た場合は一発でレース中止が余儀なくされるかもしれないビジネス的な大リスクを避けるべく、各主催者も感染予防対策の強化を余儀なくされています。
8月12~16日に開催された「クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ(UCI-WT)」の沿道観戦は禁止されていなかったものの、主催のASOがマスクの屋外着用義務の“無かった“レース通過複数県に対し協力を要請し、県が行政レベルで沿道観客に対してのマスク着用を義務化(=違反時は罰金)。
それに並行して独自の『2020運動』を奨励し、ツール・ド・フランスでも同様の運動を継続します。
2020運動とは?
2=沿道観戦客は選手と2メートルの距離を置く
0=サインを求めない(0サイン)
2=①マスク着用と②アルコールジェル手洗いの徹底
0=自分とプロトン、または選手個人とのセルフィ―はしない(0セルフィ―)
「クリテリウム・ド・ドーフィネ」で発表された“2020運動”(レース公式)。「レースと選手を守ろう!」とのスローガンがかかれている。
ツール・ド・ワロニーでは無観客レースを実施
まずレースが開催される750㎞にも及ぶコースの通過地域が、一致団結して“UCIが掲げるコロナ感染予防対策は不十分!”として、レース開催+沿道観戦に難色を示し、主催者に対し“無観客”にするか?レースを開催しないか?を迫ったのです。
あくまでも開催を望む主催者は、已む無く無観客開催を受け入れ、異例ずくめのレースが開催されることに。
まず“無観客“を実現するためにレースコースは関係者以外には知らさない施策がとられた上、「沿道での観戦禁止令」が“行政レベル”で出され、違反者に対して警察は「法的に」罰金&禁固刑を科すことが可能な体制に。
しかし現実は、インターネットや口コミでレースコース情報が出回り、実際には沿道で観戦するファンの姿もそれなりに見られました。メディアのインタビューに匿名で答えた沿道警備の警察官は「レースが“完全に”無観客だったことは知らされていなかったよ(笑)。まぁ私的には、観客が選手との距離をしっかりとってくれるのであれば取り締まりをするつもりはないね」とかなりグダグダとも取れますが、むしろ常識的かつ現実的な反応。
ツール・ド・ワロニー主催者スタッフの一人は匿名で「今回の行政による“無観客化”指令はやりすぎだよ。一体全体、どうやってこんな長距離の沿道観客を取り締まれっていうんだ!?クリテリウム・ド・ドーフィネではOKだったし、(国は違えど)ダブルスタンダードもいいとこだね。」と不満を漏らしています。
このツール・ド・ワロニーに於ける「無観客レース」はある意味、ロードレース史上初の実験室となったわけですが、まぁ予想どおりと云ってはなんですが、うまくはいかなかった様です……でも、実際に“実験”が行われた事はロードレース界にとっては大きな一歩だったのでは⁉
そしてツール・ド・フランスがやってくる
ツール・ド・フランスのディレクター、クリスチャン・プリュドム氏。Copyright La Route d’Occitani
さて、目下世界中の自転車ファンが注目するのは、フランス全土を走り回る「ツール・ド・フランス」(8月29日~9月20日)はどうなるのか?ではないでしょうか。
同じASOが主催するクリテリウム・ド・ドーフィネでは、幸いレース通過自治体すべてが“マスク着用義務化“体制を取ってくれましたが、フランス全土にわたるツール・ド・フランス通過自治体に対してのマスク義務化働きかけ(ロビー活動)はまだ道半ば(8月20日現在)。
少々蛇足になりますが……なぜフランス全自治体において“屋外でのマスク着用義務化”が困難かというと、そもそも人口が少ない田舎に於いての屋外マスク着用義務なんてやって欲しくないと考える方々が多数(当然)な上、ツール・ド・フランスには興味がない方々もフランスにはかなりいるからです(汗)。
そして業務が増える警官側の労組の抵抗もあるでしょう。
話は戻ります。
8月19日にツール・ド・フランスのグランデパールであるニースにて行われた記者会見で、レースディレクターであるクリスティアン・プリュドムは
「(ツールを)沿道で観戦する自転車ファンの皆さんならばご理解頂けるお願いがあります。私自身、当然自転車競技とツール・ド・フランスを愛しています。その自転車ファンとしての愛と良識を以ってすれば、レース観戦に於いてマスクを着用するのは当然の事だと思います。本ツールで通過する32の地域圏ではそれぞれマスク着用義務の有無がばらついていますが、どうか皆さんにはマスク着用にご協力いただきたい」(意訳)と熱烈に語っています。
我々日本に住むものにとって、花火大会や盆踊りなどほぼ全ての人が集まる夏の屋外型イベントが感染防止のために中止となっている現状、新型コロナ感染者が遥かに多い欧州でツール・ド・フランスやその他大型UCIレースが行われること自体、かなりの非日常感があるかと思います。
そこには、スポンサーへの義務遂行や、観光業界との繋がりなどのビジネス的な側面も多くあるかとは思います。
しかし、このような状況であっても欧州のお家芸であるロードレースを“開催しない“という選択肢を選ばない欧州に対し、畏敬の念を抱かざるを得ません。
さぁ、開催は(ほぼ)決まったツール・ド・フランスとそれに続くビッグレースの安全と成功を祈りつつ、残りのシーズン(といっても始まったばかり!?)を楽しみましょう!
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