ツール・ド・フランスの表彰式に異変あり!ポディウム・ガールが廃止、その歴史と攻防
山崎健一
- 2020年08月27日
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8月29日からいよいよスタートするツール・ド・フランス。コロナ禍の変化にあわせて新生活様式なのか、表彰式に登場してきたポディウム・ガールが廃止になる。UCI(国際自転車連合)公認代理人の山崎健一さんがその歴史、社会的背景解説する。
「ツール・ド・フランス」ポディウム・ガールは実際どうなるのか?
.@EmmanuelMacron remporte tous les maillots. #TDF2017 pic.twitter.com/7Ikr1NFW7p
— Tour de France™ (@LeTour) July 19, 2017
写真:仏マクロン大統領とポディウム・ガールたち(2017年)。このような光景も完全に過去のものとなるのか?(ツール・ド・フランス公式FBより)
遂に今年2020年から「ツール・ド・フランス」の表彰台(ポディウム)にて、2名の女性が選手を両脇から囲んで花束を渡し、頬と頬をくっつけるフランス式キス“ビズ”を行うポディウム・ガール“の廃止が決定。今年はひとまずそれが女性1名、男性1名となる予定。
主催者ASOは明確にはこの変更の理由を説明していませんが、昨今世界で議論が絶えない“男女平等“風潮が背景にあるのは想像に難くありません。
具体的にどのような光景になるのかは、実際にツール・ド・フランスが8月29日に始まってみないとわかりませんが、一つの歴史の終わりを象徴する出来事・光景になる事は間違いないでしょう。
女性が選手にブーケを渡す現在の伝統は1970年代から
さて前述の通り遂に2020年に幕を閉じることになった「女性が男性選手にブーケ/ジャージを与える」伝統。これはそもそも一体いつから始まったのか?
実は既に1896年の『パリ~ルーベ』第1回大会から始まっており、当然1903年に始まった『ツール・ド・フランス』第1回大会からも採用されていました。ちなみに当時は医師たちによる“女性が自転車に跨ると、生殖器を傷つける危険性がある!”とのお触れが新聞に大々的に掲載されるぐらい、自転車は男性のみの乗り物でした。
さて1900年初頭は今日の様にショーアップされたポディウムは無く、ゴールラインを越えたあたりに勝者や関係者が集い、少々グダグダ気味に表彰が行われていたのみ。その時に花束を渡す女性は、選手の家族、母、妻、彼女などと相場が決まっており、今よりも遥かにサバイバルレース感(昼夜走る等)が強かったロードレースから帰ってきた家族をねぎらう感覚が強かったようです。
1920年中盤に近づき、「ツール・ド・フランス」の競技ルールが固まり始め、国民的なスポーツとして確固たる地位を築いた頃から、ようやく各ステージの地元の女性が、その地方の伝統衣装を纏って選手にブーケ&ビズ(ほっぺを軽く付けるキス)をする形態が出現。
ここまでは比較的大人しい雰囲気で行われていた“女性によるブーケ渡し“ですが、これが一気に華やかになったきっかけは、1927年に始まったミス・フランスコンテスト(ちなみにミス・ユニバースは1926年に米で発祥)。これに影響を受けたツールやロードレースを受け入れる各自治体が独自に”ミス・地元“を開催し、その“ミス”を各ステージのブーケ授与者とする流れが定着。この伝統は1960年代頃まで続きました。
そして現代まで続くいわゆる“ポディウム・ガール“の伝統が始まったのが1970年代。
それまではポディウムなどがしっかり作られる伝統が固まっていなかったロードレースでしたが、テレビ映りやレース会場に集まるファンの増加により、見栄えのするポディウム&格式の有る表彰形式を採用し始めました。ツール・ド・フランスがTV映り満点のパリ・シャンゼリゼ通りをゴール設定し始めたのも同時期である1975年です。それから今日までは、よりTVでの見栄えが良く、大会スポンサーをより目立たせるポディウム・セレモニーへと年々進化してきたのです。
そして2020年。
1896年のパリ〜ルーベから始まり、ツールに於いては1903年の第1回大会から100年以上も続く伝統に、遂に終止符が打たれる事になりました。
#MeToo運動でF1が決断
写真:ドライバーを紹介するグリッドガール。(F1公式FBより) https://www.facebook.com/Formula1
今回のツール・ド・フランスにおけるポディウム・ガール廃止の兆候は、2018年にF1(FIA主催)がグリッドガール(カーナンバーやドライバー名が書かれたパネルを持ってスタートグリッドに立つ女性)の廃止を決定した時から既に始まっていました。
F1の決定に多大な影響を及ぼしたのが、2017年に世界中で一気に盛り上がった“女性へのセクハラや性的搾取を辞めろ!運動である「#MeToo(ミー・トゥー=私も!)」。この運動自体は既に以前から存在していましたが、米国の著名有力映画プロデューサーが職権を乱用し、女優達に性的暴行/セクシャル・ハラスメントを行ったことが告発され世界的な大運動に発展(2017年後半)。この国を跨いで全世界的に広がった運動の根本には、職場や学校等にて、社会的地位の高い男性に女性が“性的“に搾取されるという現象が世界中で起こっているという背景がありました。
F1がグリッドガールを廃止した理由は、性的搾取が行われていた!という特定の事実が明るみになったわけではないのですが、#MeTooを切っ掛けに「女性の性的魅力を、資本が購入する」という構図への風当たりが2017年後半に一気に強くなった事が一因の様です。
F1が決断した2018年、この動きに押されてやはりポディウムで選手にブーケを渡す役に女性のみを登用するツール・ド・フランスに対しても、「女性の“性“を企業が資本を使って利用している!」「女性は”置き物“ではないし、勝者に与えられるトロフィーじゃない!」、「女性は花瓶じゃない!(ブーケを持っている)」との異論が起こり、インターネット上では30,000件以上の”ポディウム・ガールを廃止せよ!“署名が集まる事に。
https://www.change.org/p/tourdefrance-pour-la-fin-des-h%C3%B4tesses-de-podium-amaurysport-letour-chprudhomme
しかしながら、フランスが長年親しんできたポディウム・ガールは“文化・伝統である”と主張する擁護派が思ったよりも多かった。
かつてツール・ド・フランスのポディウム・ガールを経験したエミリー・モローは「ちょっと世間は“男性vs女性“みたいな構図を神経質に作ったりして過剰に感じるわ。ポディウム・ガールの仕事中に、一度も男尊女卑を感じたこともないし、皆あくまでも伝統のひとつだと思って楽しんでいる。そもそも男性と女性が居て、駆け引きを行う事は昔からある事だし、この世界の基本的な原理だと思うわ。」ちなみに、エミリーはこの仕事で元フランスチャンピオンのクリストフ・モローと出会い、結婚している。
選手達も廃止には消極的だったようです。
2018年にポディウム・ガール廃止の可能性が出た際、リオ五輪金メダリストのベルギー人フレフ・ファン・アヴェルマートは「ちょっと廃止はやり過ぎなんじゃない!?」と違和感を示し、今を時めくフランス人ジュリアン・アラフィリップも「ポディウム・ガール廃止なんて、スキャンダルにもほどがある!」、と反論。
同じ欧米とはいえ、文化や伝統に重きを置く欧州人にとっては、それなりに違和感がある風潮だった様です。
#LGBT運動の盛り上がりも無視できず
*写真:「全性別向けトイレ」の看板。(米ノース・ウェスタン大学公式Instagramより)
この様になんとか伝統を守ろうと踏ん張っていたロードレース界でしたが、それにとどめを刺したのが、近年更に世界中で更に盛り上がりを見せ始めているLGBT運動。この運動はいわゆる性的少数派とされるレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの社会的な地位を向上させるための運動。欧米に於けるこの運動の激しさは、日本からは想像を絶するほどの高まりを見せています。
例えば、米国においては男女別のトイレに加えて、LGBTを意識した「全性別向けトイレ」を設置(これはこれで逆差別な気がしないでもないですが・・・)。
そして企業などを最も震え上がらせたのは、世界で最も売れた小説シリーズ「ハリー・ポッター」の著者であるJ.K.ローリングが、2020年春に伝統的な生物学上の男女を尊重しトランスジェンダーを揶揄するともとれる発言をSNS上で行い、正に世界中で大々バッシングされた事件。
LGBT運動の根本思想は、「性的少数派の許容・認知」にあるかと思いますが、いわゆる伝統的とされる「生物学上の男女」を企業や行政、著名人が前に出し過ぎるだけで、性的少数派からの異論が出始める風潮が世界には出現しています。
2019年末に公開された、40年以上続く世界的な人気映画シリーズ「スター・ウォーズ」の最新作では、女性(の外見の)2人がキスをするシーンも登場。保守的とされてきた「スター・ウォーズ」シリーズと制作したディズニーもがLGBTを意識し始めた事実も、時代のうねりを象徴する出来事として世界中で大きな話題となりました。
スポンサー&ASOも、コロナ禍をきっかけに苦渋の決断か?
2019年のツール・ド・フランスではマイヨ・ジョーヌ100周年を記念し、エディ・メルクスがジャージを授与 A.S.O./Thomas MAHEUX
世界中の視聴者に支持されたい宿命の主催者やスポンサー企業の論理としては、一歩間違えれば大炎上を招くに違いない「性別」の問題には首を突っ込まずに、柔軟かつスムーズに世論を組み込みつつ進化させたいという思いもあったはず。
しかし「廃止せよ!」という世界風潮と、「廃止するな!」という伝統保守派の対立が欧州内に於いては思ったよりも拮抗しており、板挟みされてきたスポンサー&ASO。
今年は賛成派と反対派の両方に対して「ノン」と言わずに、新型コロナ対策として”ソーシャルディスタンスを保つために“ビズ“を伴うポディウム・ガール文化を辞めます!“という理由も出来、両派に角が立たない「渡りに船」が丁度やってきた状況なのかもしれません。
ちなみに皮肉なのは、フランスという国は世界でも性的マイノリティの社会的許容が最も進んだ地域の一つで、既に2013年には同性結婚を合法化。2008~2014年までパリ市長であったベルトラン・ドラノエ氏も、ゲイである事が公表されている状態で当選し、在任中にもゲイパレードに必ず参加。
ツール・ド・フランスなどのポディウムに於ける、いわゆる“伝統的な男女像“も、ある意味数ある性的な考え方の一つの主張を許容してきた結果でもあります。
そんなフランスとしては文脈を見ずにポディウム・ガールだけを切り取られて「時代遅れ」と言われている事に納得いかない部分もあるかとは思いますし、相変わらず廃止に納得のいかない陣営は存在しています。
とはいえ、ツール・ド・フランスが世界市場に向けて更に展開していく上では、苦渋ながらも必要な決断だった様です。
PS:なお、「ポディウム・ガール( Hôtesses du Tour )」のオフィシャルTwitterアカウントは今も健在です。(画像は公式Twitterより)
https://twitter.com/letour_hotesses?lang=ja
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