パワートレーニングで考える、ケガからどう復活するのか? プロコーチ中田尚志が解説
中田尚志
- 2021年05月28日
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自転車でのトレーニングやレースでも思わぬケガは起きてしまう。ただ、不幸にもケガをしてしまったら、どうやってケアをしながら回復させ、トレーニングしていけばいいのだろう? ここでは、中村魁斗選手(宇都宮ブリッツェン)の例を元に、ピークス・コーチング・グループのコーチ、中田尚志さんが解説します。
中村魁斗選手のキャリアを脅かすケガ
中村魁斗選手(宇都宮ブリッツェン)は24歳の若い選手です。チームに加入したばかりの2020年2月、アジア最大のステージレースであるツアー・オブ・ランカウェイをフィニッシュし彼の前途は洋々に見えました。しかし同年の7月にキャリアは暗転します。
以前から違和感のあった股関節の痛みが酷くなりトレーニングもままならなくなってしまいました。医師の診断は股関節インピンジメント(大腿骨寛骨臼)。8月に出術に踏み切ることになりました。
幸い手術は成功。その後、リハビリを開始しました。懸命のリハビリが実り3カ月後には医師からバイクトレーニングの許可が降りました。
再発を防ぐ
私がコーチングさせて頂くことになったのが、2020年11月1日から。医師の許可を得たとは言え、無理をすればまた悪くなってしまう危険性がありました。そこでパワーベースでトレーニングボリュームを管理し再発を防ぎました。それと共にバイクポジションの見直しも図りました。
怪我の再発を防ぐためにおこなったこと
- パワーベースでトレーニング量を管理
- クランク長を170mmから165mmに変更
- トレーニング前のアクティベーションおよびトレーニング後のケアの習慣化
1 過去のデータから許容範囲を割り出す
図は中村選手の2020年のPMCです。PMCは過去42日間のトレーニングボリュームの推移を表しています。青い線はCTL。選手のトレーニング量を表します。この図を見るとランカウェイの後、休養を充分に取らずにトレーニング量を増やし続けたことがわかります。
私はそれが故障の原因のひとつであったと考えました。向上心が強い選手が、トレーニング量を増やし過ぎた為に故障することはよくあります。「もっと強く、もっと速くなりたい」という願望から度を超えた負荷をかけてしまい、ついには身体が悲鳴をあげてしまうのです。
そこで3週間のトレーニング後にレスト・ウィークと呼ばれる1週間トレーニング量・質共に落とす期間を設けることで疲労を溜めずにトレーニングをしていくことにしました。
早期復帰を願う若い選手にとって練習量を落とすのは勇気がいることです。
しかし、この期間を設けることはオーバーワークを防ぎ、怪我の再発防止につながるので、結果的に早期の復帰を実現してくれます。
2 ポジション
画像の上は2020年12月クランク長170mm、下は2021年5月165mm
動画でバイクに乗っている動画を送ってもらい、トレーナーや理学療法士のアドバイスも得てポジションを研究しました。
その結果、股関節の柔軟性や脚長を考慮しクランク長を170mmから165mmへ変更。これにより上死点で大腿骨と骨盤のクリアランスが確保され、関節に負担をかけることなく前傾姿勢が取れるようになりました。
またペダルが上死点に来たときに骨盤が跳ねることが無くなり、より安定したペダリングが出来るようになりました。
3 身体をケアする
・ライド前のアクティベーション
ライド前に準備体操と筋肉に刺激を与えるアクティベーションを行うよう指導しました。それにより正しいポジションでバイクに乗り怪我の防止を狙いました。
・ライド後のケア
ライド後は、疲労した筋肉をケアするためにストレッチやフォームローラー、アイシングを実施し疲労からくる怪我を防止しました。
トレーニングをモニタリングする
ライド開始後間もない1-2月は特に焦らないように少しずつトレーニング量を増やし、有酸素能力中心のトレーニングでベース作り。エンデュランス・テンポを多くこなし長時間自転車に乗れる体を取り戻すことに注力しました。
3月の開幕戦が大切なことは理解していましたが、ここは焦らず復帰を最優先。レースに体を合わせるのではなく、自身の回復に注力するようにしました。
幸い経過は順調で3月にはチームのトレーニングに合流。復帰戦でも無難に完走することも叶いました。
違和感も出ないことから更に負荷の高いトレーニングも増やしFTPを超えるようなインターバルを増やして行きました。
とはいえ経過が順調だからと言って、どこまでも負荷を増やしていけば結局、”怪我をする負荷”まで増やすことになります。昨年の怪我をした時の負荷と今年の負荷から中村選手自身が実行可能なトレーニング量を見極めコントロールするように努めました。
沢山トレーニングをすればその分強くなるものではありません。重要なのは体がトレーニングに反応しているか?
すなわち”以前に比べて速くなったか?”それに尽きます。
ですからトレーニング量を増やしつつ、パフォーマンスアップのチェックをトレーニングの中に組み入れました。
速くなっているか?のチェック法
- MMP…各時間辺りのパワーが増えているか?
- 回復力…インターバルの各エフォートの平均パワーが増えているか?
- 疲労耐性…疲労した後(例えば3000kJ出した後)に高いパワーが出せるか?
インターバルトレーニングの平均パワーからトレーニング進捗を管理
ケガからの復帰でいちばん大切な事は?
ケガからの復帰でいちばん大切なのは身体の声を聞くことです。毎日のケアを欠かさず、トレーニング量を管理していても怪我が起こる時は起こります。感覚を研ぎ澄まし少しでも違和感があればトレーニングを中止しケアに努めることが出来れば、再発や悪化を防ぐことが出来ます。それが長期離脱を避け、ひいては長い目で見て早く復帰することができます。
強い向上心から選手は時に体の声を無視してしまうことがありますが、体の声を聞く能力を磨くこと。その声にしたがってトレーニングを中止する勇気を持つこと。これも選手には必要な能力だと感じます。
中村選手は非常に真面目な選手で冬の間からここまでトレーニング前後のケアを欠かさず、体には細心の注意を払いながら中村選手は復帰へのトレーニングをこなして来ました。
そして、遂に自身初のツアー・オブ・ジャパン出場の座を掴み取りました。今年は沿道で応援することはできませんが、レースはライブ配信される予定です。
怪我から復活した中村魁斗選手の姿を応援して頂ければと思います。
中村魁斗(宇都宮ブリッツェン)
1997.年生まれ 栃木県日光市出身。2019年に那須ブラーゼン、2020年から宇都宮ブリッツェンで走る
https://www.blitzen.co.jp/team/blitzen/nakamura_kaito/
中田尚志 ピークス・コーチンググループ・ジャパン
ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。
https://peakscoachinggroup.jp/
中田尚志の著書「ロードバイクのパワートレーニング」はこちらから読むことができます。
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