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ツール・ド・フランス、最後尾選手の制限時間、レース後方での“もう1つ”の戦い

ツール・ド・フランスは大会第2週を迎える。中盤戦に差し掛かるわけだが、その前に第1週後半のアルプス山脈で起きていたドラマに目を向けてみよう。冷雨の本格山岳2連戦は、激走で個人総合首位に浮上したタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ、スロベニア)の一方で、制限時間内でのフィニッシュを目指し懸命にペダリングを続けた選手たちの姿があった。そして、そんな彼らの間にも“勝利”と“敗北”が存在していた。

「制限時間外であってもフィニッシュに到達したかった」

1週の締めにして、大会全体を見渡しても有数の難易度となった第9ステージ。144.9kmとレース距離こそさして長くないものの、今大会最初の超級山岳であるコル・デュ・プレを含む上級山岳5つが詰め込まれ、選手たちの登坂力を試した。

さらに、この日はレースを通して強い雨。前日行われた第8ステージも降雨のレースだったが、アルプスでマイヨジョーヌの地位を固めたポガチャルにして、「第9ステージの方が条件は悪かった」。標高1500mを超える地点を走ることもあり、気温は15度に達しているかどうか。雨に濡れた選手たちの体感温度はもっと低かったに違いない。

©︎ A.S.O./Pauline Ballet

逃げから独走に持ち込み、さらには個人総合でも2位に押し上げたベン・オコーナー(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム、オーストラリア)は、悪条件の中を4時間2643秒で走破した。2位とは5分以上の開きとなったこともあり、オコーナーの走りが圧倒的だったことは確かだが、同時にこの日の制限時間もタフなものになった。

トップタイムからプラス3720秒。

この時間内にフィニッシュラインを通過しなければ、次のステージの出走権利が奪われる。レース前方ではステージ優勝争いとマイヨジョーヌ争いの生き残りがかけられていたが、はるか後ろではこの大会そのものへの生き残りがかかっていた。

結果、出走した172選手中165選手が制限時間内にレースを完了。大多数が3137秒遅れのグルペットでフィニッシュしたが、クリストファー・フルーム(イスラエル・スタートアップネイション、イギリス)がそこから46秒、ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ、フランス)は約230秒遅れて走り終えた。ちなみに、時間内最終のライダーはグレッグ・ファンアーヴェルマート(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム、ベルギー)で、制限ギリギリの3715秒遅れだった。

今大会2勝を挙げ復活をアピールし、マイヨヴェールを着るマーク・カヴェンディッシュ(ドゥクーニンク・クイックステップ、イギリス)も間に合った。オコーナーからは3549秒遅れ。雨に震えながら走り切り、フィニッシュでは号泣しながらまるで優勝したかのようにチームメートと喜んだ。最初から最後までエスコートしたのは、ティム・デクレルク(ベルギー)とミケル・モルコフ(デンマーク)。彼らだって山岳に強いわけではないが、エーススプリンターを時間内にフィニッシュさせることも、リードアウトマンとしての役目であることを身をもって証明した。

カヴェンディッシュはレース後、「この日を恐れていた。ツールに出場できるのはうれしいが、このような日だけは今も克服できない」と口にした。そんなステージを乗り越えられたのは、ドゥクーニンク・クイックステップのチームスタンスにあるという。「テレビでレースを観ていて、このチームの数人がいつもスプリンターのケアをしているのがうらやましかった。私が所属したこれまでのチームではそんなことはなかった」。実際に、2018年大会では山岳で孤立し、タイムオーバーになっている。

©︎ Tim de Waele/Getty Images

そんな中、166番目から172番目にフィニッシュ到達した選手たちは、制限時間内に走り切れずタイムオーバー。このステージ限りで、大会を去ることが決まった。

タイムオーバーになった選手たちは以下の通り。

166 ブライアン・コカール(B&Bホテルズ KTM、フランス)4011秒遅れ
167 ステファン・デボッド(アスタナ・プレミアテック、南アフリカ)4117秒遅れ
168 アルノー・デマール(グルパマ・エフデジ、フランス)4138秒遅れ
169 ロイック・ヴリーヘン(アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ、ベルギー)4142秒遅れ
170 ジャコポ・グアルニエーリ(グルパマ・エフデジ、イタリア)5236秒遅れ
171 アントニー・ドゥラプラス(チーム アルケア・サムシック、フランス)5236秒遅れ
172 ニコラス・ドラミニ(チーム クベカ・ネクストハッシュ、南アフリカ)1時間241秒遅れ

ドラミニに至っては、コースの撤収作業が始まっている中での単独走に。それでも、彼は意地でもフィニッシュラインを通過したかったのだという。「ずっと1人で走っていて、それ以上のことはできなかった。3週間走り切りたかったのでこの結果は悲しいが、最も重要だったのは制限時間外であってもフィニッシュまで到達することだった。ここはツール・ド・フランス。自転車を降りて車に乗り換えようなんて選択肢はこれっぽっちもなかった」。

©︎ Team Qhubeka NextHash

ステージ制限時間の算出方法

フィニッシュタイムの制限時間は、ステージによって異なっている。基本的には、1位選手のタイムから平均時速を割り出し、そこから何%以内のタイムで走り切ったらよいかが決定する。

ツール・ド・フランスの場合、各ステージを事前に6つにカテゴライズ。おおよそコース難易度で区分けされており、ステージ優勝者の平均時速がどれほどかで制限時間となるパーセンテージも変わってくる。

7人がタイムオーバーとなった第9ステージを例にとると、主催者が設定した難易度は「コンフィデント5」。個人タイムトライアルを実質別枠で同6としていることから、この日は事実上最難関ステージの1つと位置付けられていたことになる(5は第9・第18ステージの2つ)。

コンフィデント5はステージ優勝者の1018%で変動するが、第9ステージは勝ったオコーナーの平均時速が32.596kmだったことから14%で決定。トップタイムからプラス3720秒、5時間43秒で走り切ることが選手たちのノルマになっていた。

©︎ A.S.O./Charly Lopez

こうして決まる制限時間だが、ときに例外も発生する。2011年大会では、第18ステージで出走者の半数以上にあたる88人ものグルペットが、リミットであった337秒以内でのフィニッシュに失敗。しかし大人数だったことが幸いし、ポイント20点減点の措置だけで次のステージへの出走を許可された。この年マイヨヴェールを獲得したカヴェンディッシュも恩恵を受けたほか、大規模グルペットの前で1人苦しみながら走っていたリッチー・ポート(オーストラリア)も救済。ただこのケースは、稀な例である。

8ステージではログリッチやトーマスもグルペットへ

ステージ優勝争いに絡まないからといって、ただフィニッシュを目指していればOKとはいかないのがステージレースの難しさ。勝負が盛り上がっている後ろでは、制限時間内でのフィニッシュに向けた“もう1つ”の戦いも繰り広げられているのだ。

後方を走るグルペットでは急峻な山岳を乗り切るために、下り区間を攻めて上りでの遅れを取り戻すといった手立てが挙げられる。カヴェンディッシュらスプリンターも大急ぎで駆け抜け、時間内でのフィニッシュに間に合わせているのが実情。そうして本職である平坦ステージでの戦いにつなげている。

©︎ A.S.O./Charly Lopez

今大会の第8ステージでは、戦前マイヨジョーヌ候補に挙がっていたプリモシュ・ログリッチ(チーム ユンボ・ヴィスマ、スロベニア)やゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ、イギリス)といった大物も実質の最終グルペットで走り終えていたが、彼らだって後方でレースを終えようとなると条件は同じ。とにかく、決められた時間の中でその日のステージを終えなければいけないのである。

【保存版】ツール・ド・フランス2021スタートリスト&コースプレビュー

【保存版】ツール・ド・フランス2021スタートリスト&コースプレビュー

2021年06月25日

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PROFILE

福光俊介

福光俊介

サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。

福光俊介の記事一覧

サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。

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