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タイムトライアル機材の進化、アワーレコード新記録を達成した技術者ダン・ビグハム

トラックで1時間に何キロ走れるかに挑戦するアワーレコードが8月19日にスイスでダン・ビグハム(英国)が新記録を達成した。2012年ツール・ド・フランス優勝者、ブラドリー・ウィギンスの記録を1kmも更新したダン、じつは選手ではなくエンジニアというから驚きだ。今回の記録、機材、そして戦略についてピークス・コーチング・グループの中田尚志さんが解説する。

55.548km! アワーレコード新記録を達成したダン・ビグハム

PHOTO:INEOS GRENADIERS

ダン・ビグハムの名前を知る自転車ファンはそう多くないかもしれない。しかし彼は今、世界の自転車レース界に旋風を巻き起こしている。

F1メルセデスのエンジニアとして働いた経験を持ち、現在はイネオス・グラネディアーズのパフォーマンス・エンジニアの肩書を持っている。彼の本業は現役のプロ選手でもあるとともにエンジニアである。専門とするのはエアロダイナミクス。自転車走行時の空気抵抗を最適化するのが彼の仕事だ。

平地の高速走行において走行抵抗の約90%を占めるのが空気抵抗。各プロチーム、ナショナルチームは空気抵抗削減の研究に余念がない。ダンはその分野において世界のトップに位置するエンジニアだ。

自身が実験台

トラック・ワールドカップでのフーブ・ワットバイクチーム 2019年 PHOTO:Takashi Nakata

ダンが世界的に注目を集めたのは、フーブ・ワットバイク(HUUB Watt Bike)チームを率いてトラック・ワールドカップに優勝した時。

英国ナショナルチームの画一的な強化方法に反旗を翻し、ナショナルチームの選考から外れたメンバーでチームを結成。そのチームを率いてワールドカップで英国ナショナルチームを破って優勝した。世界最強と言われるイギリスを倒したことで一躍脚光を浴びた。そのときダンは選手として走るだけでなく、エンジニアとして空気抵抗の少ない機材を独自開発している。今回の挑戦では当時の機材の改良版を使用している。

チューブラータイヤの終焉? チェーンには日本のイズミを採用

タイヤはコンチネンタル・GP5000TTラテックス、インナーチューブで走った。当初はチューブレスタイヤを使う計画だったが、今回はインナーチューブを使用、さらにトラック競技のチューブラーであれば15barと高圧にするが、今回はそれよりもはるかに低い数値だったという PHOTO:Dan Bigham

走行抵抗の90%を占める空気抵抗削減を目指すのは先述のとおり。残りの10%は駆動抵抗と路面抵抗。それらについても抵抗削減の取り組みがされている。

タイヤはクリンチャー・タイヤのコンチネンタル・GP5000TT。これにラテックスチューブを組み合わせる。チューブレスとクリンチャーを比較検討し、トラック・タイヤとしてハイプレッシャーで使用するにはクリンチャーが妥当との判断をしたという。

長年、トラックには軽さと路面抵抗の低さからチューブラータイヤが使用されることが圧倒的に多かった。しかし、今回のアワーレコードにより今後は流れが変わるかもしれない。

チェーンは日本のイズミ・KAIが採用された PHOTO:Dan Bigham

そして駆動抵抗を1Wでも削減するために採用されたチェーンは、日本のイズミ・KAIチェーンだ。ダン自身がロードチェーンとトラックチェーンを比較。挑戦に使用するマックオフの潤滑剤を塗布した上で最も抵抗が低かったのはイズミ・KAIだったという。

 科学で才能を超える

今回のアワーレコードでのダンの設定パワーは350-370W。彼のコーチであり元チームメートのヤコブ・ティッパーによるとウィギンスや他の世界記録樹立者と比べ40-50Wも低いと言う。ボディ・サイズにより必要な設定パワーは異なる。基本的に体が大きいほど必要なパワーは大きくなる。

しかし、ダンはできる限り体と自転車の空気抵抗を抑えることで設定パワーが低く済むようにした。

上りの速さを決めるのはパワーを体重で割ったパワー・ウエイトレシオ。それに対し、平地の速さを決めるのはパワーを空気抵抗値(CdA)で割ったパワー・CdAレシオ。ダンはパワー・CdAレシオの改善に取り組んだわけだ。

徐々にペースを上げていく周到な作戦

黒カンペナールツ、赤ダン・ビグハム 後半になるにつれ赤のダンがスピードアップしているのが分かる。 資料提供: Wolfgang Menn

ダンがアワーレコードに挑戦するのは今回が始めてではない。昨年12月にも挑戦しており英国ナショナル・レコードを樹立している。

そのときのラップタイムとビクター・カンペナールツが樹立した55.089kmのラップタイムを照らし合わせ、記録樹立に必要なラップタイムを計算。

その結果、彼が採用したのはネガティブ・スプリット。後半に行くにつれラップタイムを上げていく作戦だ。スタートからの20分のラップタイムは16.5秒前後(時速54.5km)、後半は16.0秒前後(56.3km)とペースアップしていく。それを可能にするために彼が選んだギヤは通常よりも大きな64 x 14Tのギヤレシオ。

トラック・バイクはギヤが1枚しか無いためにギヤ選択には細心の注意が払われる。ヤコブ・ティッパーによると大きなギヤ比は後半のペースアップを可能にする反面、失敗すると大失速する可能性もあるため、難しい決断だったという。

黒カンペナールツ、赤ダン・ビグハム 赤のダン・ビグハムが36分あたりでカンペナールツの平均時速を超えているのが分かる 資料提供: Wolfgang Menn

家族、そしてイネオスが記録をサポートした

今回の挑戦を支えたのはフーブ・ワットバイク時代からの僚友たち。ラップを読み上げるのはワールドカップ優勝メンバーのジョニー・ウェール。サポートスタッフは、婚約者で元女子アワーレコード保持者のジョシュ・ローデン。機材のサポートは彼の弟で共にショップを経営するグラントが行った。

家族的なサポートに加え、所属するイネオスも全面的に挑戦をサポートした。スイスでの記録樹立にむけてアンドラ公国で長期高地トレーニング合宿を行い、気温の高い室内トラックでの挑戦をサポートするため、暑熱対策も行われた。

ダンは日光の当たるバルコニーにローラー台を置きサウナスーツを着て4時間のトレーニングに臨むこともあったという。「イネオスの全面協力がこれほど記録挑戦を楽にしてくれるとは思わなかった」と話す。

年間700万円でワットバイクチームを運営してきた彼にとって、約70億円規模で運営されるイネオスからサポートを受けるのは大きな後押しとなったという。

ところで記録挑戦に向けてのトレーニング中も通常業務は継続。ローラートレーニング中にメールの返信を行うこともあったという。

フィリッポ・ガンナの記録挑戦へ

PHOTO:LaPresse

今回のダン・ビグハムの記録挑戦は、アワーレコード挑戦を表明しているフィリッポ・ガンナのデータ取りも兼ねていた。10月8日に予定されているガンナの挑戦は今回の準備方法とバイクのセットアップをベースに行われる。

人類最長距離への飽くなき挑戦、アワーレコード。今後も目が離せない。

資料提供: Wolfgang Menn

http://www.wolfgang-menn.de/hourrec.htm

中田尚志 ピークス・コーチンググループ・ジャパン

ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。

https://peakscoachinggroup.jp/

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中田尚志

中田尚志

ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。

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