別府史之が語るツール・ド・フランス ポガチャルの失速、ヴィンゲゴーの躍進をどう見る
福光俊介
- 2022年07月19日
大熱戦が展開されるツール・ド・フランス2022、いよいよ運命の第3週に突入する。この大会に帯同するジャーナリストの中に、昨年までワールドクラスのライダーとして走った“フミ”こと別府史之さんの姿もある。現在J SPORTSのレース中継で解説を務めるなど競技引退後も幅広く活躍し、かつて自身も走ったツールを見つめている別府さんに、ここまでの今大会の印象や名勝負必至の第3週の展望を語ってもらった。※インタビュー日:2022年7月15日
ポガチャルの失速は予想できていた
-昨年までロードレーサー・別府史之として見てきたツール・ド・フランスですが、今年からは別の立場で携わるようになりました。レースの見方、捉えている景色が変わっている実感はありますか?
別府「一番はリラックスしてレースが見られるようになりました。ただ、引退して間もないですから、より一層集中してレースと向き合って、多くのことを吸収しようと心掛けています」
-第2週はドラマ満載、アルプスでは驚きのマイヨジョーヌ交代劇もありました
別府「第11ステージでタデイ・ポガチャル選手(UAEチームエミレーツ、スロベニア)が遅れたことは誰もが驚いたと思います。ただ、じつを言うとあの展開は予想できていたことでもありました。
というのも、まず第一に今大会は山岳フィニッシュが多いこと。さらには彼の性格上、クライミングも、タイムトライアルも、スプリントも、そしてパヴェも、すべて全力で走るところ。どこかで消耗してしまっていた部分はあったと思います。
ステージ数を考えたときに、疲労で脚が止まってしまうにはまだ早すぎるのでは?とも思いましたけど、バッドデイだったことも重なったのでしょうね。途中のガリビエ峠でアタックしすぎていたのでは?という見方もありますが、グラノン峠での失速を見るとバッドデイだったのかなと思います」
-今年も勝負どころはピレネー山脈ですが、レースが大きく動くとしたらどのステージになりそうでしょうか?
別府「第3週のピレネーもハードなステージがそろっています。なかでも超級山岳ウタカムを上る第18ステージは頂上決戦にふさわしいステージになるはずです。
ポガチャル選手は第12ステージ以降きっちりリカバリーしていますし、ヨナス・ヴィンゲゴー選手(ユンボ・ヴィスマ、デンマーク)の状態も良い。特にユンボ・ヴィスマはアシストにもエースクラスの選手がそろっていますから、マイヨジョーヌを守れる可能性はかなりの確率であると思います。
いずれにしても、ピレネーを走る第16~18ステージが大きなヤマ場になることは間違いないですね」
※インタビュー実施後のステージでユンボ・ヴィスマは2選手がリタイアしている
-ここまでのレースを見る限り、マイヨジョーヌ争いはやはりヴィンゲゴー、ポガチャル、2人の力が抜けていると見てよさそうですか?
別府「この2人はツール前哨戦でも結果を残していますし(ヴィンゲゴーはクリテリウム・ドゥ・ドーフィネ個人総合2位、ポガチャルはツアー・オブ・スロベニア個人総合優勝)、ツールでも実力どおりの走りを見せていると思います。
ただ、イネオス・グレナディアーズの状態もかなり良い。ゲラント・トーマス選手(イギリス)はここまで派手な動きこそないですが、ベーシックなツール・ド・フランスの戦い方をしている印象です。
この3人を比較したときに、ヴィンゲゴー選手とポガチャル選手は若い(25歳と23歳)。“若さ”が出てしまっての失敗がないとも言い切れない。そうなったときに、経験も実績も豊富なトーマス選手が抜け出してくることもあるかもしれません」
若い選手の躍進の背景にはジュニア時代からの強化
-近年は若い選手の台頭が目立って、グランツールのリーダージャージ争いも25歳以下の選手たちで繰り広げられることも増えてきました。ロードレースの世界が変わってきている印象ですが、その要因や実情はどう見ていらっしゃいますか?
別府「世界的に強化方針が変わってきています。ジュニアの段階から強化を進めていく、というのがスタンダードになってきました。自分も含めて、アンダー23カテゴリーで結果を残してプロへ……というのが通例でしたが、今ではジュニア時点での強化カリキュラムが確立されている。
さらには、そうした若い選手を育てている指導者の多くが元プロ選手なのですね。つまりは、プロ選手のノウハウが若い選手に浸透しているわけです。彼らは受け答えもしっかりしていて、選手としてのスキルはもちろん、インタビューでのコメントや普段のマインドの部分でも英才教育を受けていることが挙げられます」
-ネガティブな見方になってしまいますが、若いうちから詰め込まれすぎて、ある年齢で失速してしまう……なんて心配はありませんか?
別府「若いうちから高いレベルで戦いすぎて、急にクラックが来てしまう……という不安はまったくないとは言い切れないです。ただ、いまツールでトップを行くヴィンゲゴー選手とポガチャル選手については、経験も実績も十分にあるし、もう若手の域を超えていますからね。自分の走りを把握しながらキャリアを送っているでしょうから、彼らについては心配いらないでしょうね」
-今大会も残り6ステージとなりました。レース内外問わず、別府さんがおすすめする楽しみ方をぜひ教えてください
別府「第20ステージで行う個人タイムトライアルですが、TTステージとしては近年にはないくらいレース距離が長い(40.7km)。選手たちがどんなバイクや機材をチョイスするのかも含めて、いつも以上に楽しんでほしいと思います。
あとはやっぱり山岳ですよね。マイヨジョーヌを争ううえで、各チームのエース同士のぶつかり合いとなるのか、チーム力を生かした戦い方になるのかは非常に興味深いです。第17・18ステージは山頂フィニッシュですので、ヴィンゲゴー選手がチーム力をバックにジャージを守るのか、ポガチャル選手のようにみずから仕掛けていくような選手に有利となるのか、そのあたりの展開は見逃せないですね」
別府史之
サイクルプロモーター。フランスでのアマチュア活動を経て、2005年にディスカバリーチャンネル・プロサイクリングチームでプロデビュー。2009年にはスキル・シマノの一員としてツール・ド・フランスに初出場し、第21ステージで敢闘賞。その後、レディオシャック、オリカ・グリーンエッジ、トレックファクトリーレーシング、トレック・セガフレード、NIPPO・デルコ・ワンプロヴァンス、EFエデュケーション・NIPPOに所属し、2021年シーズン限りで現役を退く。現在11人しかいない、グランツール、モニュメント、世界選手権、オリンピックの世界10大ロードレース全完走者の1人。
▼ツール・ド・フランス2022のチーム&コース情報はこちらへ
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- TEXT:Syunsuke FUKUMITSU Photo:A.S.O. / Charly Lopez Syunsuke FUKUMITSU
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PROFILE
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。