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往年の名選手たちがバスクに集う、クラシカ・マリーノ・レハレッタ

1年に1度往年の名選手が集まり、チームを組んでタイムトライアルで競うイベントがスペインにある。それがクラシカ・マリーノ・レハレッタである。レースの舞台は、毎年7月25日にプルエバ・ビリャフランカ・オルディジアコ・クラシコアのレースが開催されるバスクの山間の村・オルディジア。このイベントの名前にもなっているマリーノ・レハレッタ氏は1982年のブエルタ・エスパーニャを総合優勝、また1991年にもブエルタで総合第3位になった経験のある名選手で、このオルディジアが彼の故郷である。
レハレッタ氏の名のもとに500人以上のサイクリストが参加したこの日のイベントの様子をスペイン在住の對馬由佳理がレポートする。

ジャパンカップに出走するエウスカルテル・エウスカディの監督の姿も

第1期のエウスカルテル・エウスカディに所属していた元選手たちのチーム。先頭でゴールしているのが現在の エウスカルテル・エウスカディ監督であるホルヘ・アサンサ氏。写真撮影:對馬由佳理

クラシカ・マリーノ・レハレッタが開催されるのは10月最初の週末。元々は「かつてのプロ選手たちを集めて自転車で走った後に、みんなでビールでも飲もうよ」という思いつきから始まったこのイベントも今年で6回目を迎えた。去年と一昨年は新型コロナウイルスの影響で開催できなかったこともあり、今回が2年ぶりの開催となった。

このイベントの主役は、かつてのプロ自転車選手と現役のアマチュア選手たち。5人一組でチームを作り、チームタイムトライアル方式で走ることになる。今回このイベントに出走した元選手は、レハレッタ氏を筆頭に、アブラハム・オラーノ(1995 年のロード世界チャンピオン、1998年タイムトライアル世界チャンピオン)、イゴール・アスタロア(2003年世界チャンピオン)、ホセバ・ベローキ(2000年から2002年のツールで連続で表彰台)、イバン・マヨ(2000年から2007年までエウスカルテル・エウスカディのエース)、ホルヘ・アザンザ(現在のエウスカルテル・エウスカディ監督)、ハイマー・ツベルディア(1998年から2017年までアスタナやラディオ・シャク・トレック等で活躍)、フラン・ベントソ(2004年から2020年までモビスターやCCC等で活躍)など、豪華なメンバーが集まった。

「ミゲル・インドゥラインに次ぐ2着は、ツールを優勝したようなもの」 アレックス・ツーレ

写真右から2番目がアレックス・ツーレ、左から2番目がマリーノ・レハレッタ。写真撮影:對馬由佳理

毎回クラシカ・マリーノ・レハレッタ開催の前日の夜には、スペシャル・ゲストを招いて、肩の凝らない気楽なおしゃべり会が開かれる。
今年のクラシカ・マリーノ・レハレッタのスペシャルゲストは、1996年と1997年のブエルタ・エスパーニャの総合優勝者であるアレックス・ツーレ。スイス人だが現役時代にはかつてスペインのトップチームだったオンセ(ONCE)に長く所属していたこともあり、スペイン語も堪能である。

ツーレ氏の現役時代の写真では、眼鏡をかけているものが多い。この眼鏡に関してツーレ氏自身は「僕が現役のころには、今のみたいに性能の良いコンタクトもなかったから、眼鏡をかけてレースを走るしかなかった。だから雨が降るとメガネが濡れてよく前が見えなかったから、特に山を下るときがすごく怖かった。そうしたこともあって、『ツーレは雨の日の下りが下手』と言われていたけど、じつは言われているほど落車が多いわけではないんです」と話した。
また、「このイベントに来るために、サンセバスチャンの空港でトランクをピックアップしようと待っていたら、見知らぬスペイン人の男性から『すいません、あなたと2ショットの写真を一枚お願いできますか?』と質問されましてね。僕は『いいですよ。でも、あなたは僕のことをご存じないのでは?』って言ったら、『知ってますよ。アレックス・ツーレさんですよね』って返されました。そして、これと同じようなことが、僕がサンセバスチャンの街中を歩いているときにも、何度もあったんです。僕はもう大昔の選手なのに、いまだに僕を憶えてくれている人がたくさんいるのはすごくうれしいし、こんなことはほんとにスペインだけなんですよ」と語った。

また、観客から、「もしもミゲル・インドゥラインがこの世に存在してなかったら、あなたの自転車選手としての人生はどうなっていた思うか?」という質問に対し、ツーレ氏は「1995年のツールは私が優勝していたと思います。」と応え、「でも、ほんとにインドゥラインは一人の人間として、そしてもちろんサイクリストとしても本当に偉大な人だから、あの時代に彼に次いでのツールで総合2位にだったことを、僕自身はとても誇りに思っています。当時オンセの監督だったマノロ・サエズも『インドゥラインに次いでの2着なら、ツールを優勝したのと同じようなもんだよ』と言っていましたしね」と話した。

レースには52チームが参加、誰もが楽しむ事ができる1日に

写真撮影:對馬由佳理

翌日のレースに出走したのは全部で52チーム。元プロ選手で構成された13チームとアマチュアサイクリストを中心に構成された39チームが参加した。
コースは、7月25日のプルエバ・ビリャフランカ・オルディジアコ・クラシコアで使われるコースの一部分が使用された。アマチュアサイクリストで構成されたチームの中には数週間も前からコースを試走し、本気で勝利を目指して走るチームもある一方で、かつてのスペインに存在したことのあるプロチームのビンテージ級のジャージと自転車で披露しながら走るチームもあるなど、参加者それぞれが、この日のレースを楽しんだ。

元プロ選手の中にはフラン・ベントソのように「現役を引退してからレースに出るのは、今日が初めて」という人もいたようではあったが、それでも自転車に乗ると勝ちたいという気持ちは相当強くあるようで、少々本気モードでチームを引っ張る元選手の姿も見られ、観客から大拍手を受けていた。

このクラシカ・マリーノ・レハレッタのように、自転車レースの歴史とも言える選手たちが一堂に会すること自体が非常に珍しいことではある。しかし、もう一つ特筆すべきことは、このイベントは基本的にオープンなものであり、会場に来たファンならだれでも、往年の名選手と話をしたり写真を撮ったりすることができるということがある。
走る人はもちろん見る人も、十分に楽しむことができる自転車イベントのクラシカ・マリーノ・レハレッタ。こうしたイベント存在することが、ヨーロッパの自転車文化の豊かさを示す一端であると言えるだろう。

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Bicycle Club編集部

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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。

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