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東京五輪、自転車競技でメダル獲得した名伯楽ゲーリー・サットンに聞く

自転車競技では、各国ナショナルチームは東京五輪からパリ五輪へと向かっている。各レースで成績をおさめることで国別の出場権を獲得し、本大会へ出場することができる。

東京五輪トラック種目で2つのメダルを獲得したアメリカナショナルチーム。特にオムニアムで金メダルを獲得したジェニファー・バレンテの活躍は、日本の梶原悠未を抑えての勝利ということもあり記憶に残っている試合だった。ここではそのアメリカナショナルチームを指揮したゲーリー・サットンにインタビューを実施した。

前半では東京五輪を振り返り、後半ではパリ五輪に向けての展望をお届けする。

すべては選手を勝利へ導くために

アメリカ・ナショナルチームのゲーリー・サットンはコーチとして100回以上選手を世界一に導いた名伯楽。

メダル獲得のカギ

東京五輪では2つのメダルを獲得しましたね。

「私には日本に多くの良い思い出がある。そこでジェニファー・バレンテはゴールド・メダルを獲得してくれた。私自身、過去に2度国際競輪に参加したことがあるんだ。

ジェン(ジェニファー)のメダル獲得は私はもちろん、アメリカ国民、選手強化プログラムのチームにとって素晴らしい体験だった」

東京五輪のチームパーシュートでは1回戦と3位決定戦でメンバーを入れ替えました

「とても難しい判断だった。トレーニングではメーガン・ジャストラブ※1リリー・ウィリアムズ※2の両選手とも非常に良い走りをしていたから。

私はメーガンの出走が彼女にとって良い経験になると感じていたし、リリー※2は予選でホンの少し終盤に失速していた。非常に難しい判断だったが最終的にリリーの代わりにメーガンで行くことを決めた。

東京五輪の後、リリーは今日まで大きく進歩した。(選手交代が)さらに彼女のモチベーションを上げたと思う」

※1メーガン・ジャストラブ…ジュニア時代に1年に3種目でアルカンシェルを獲得した若手
※2リリー・ウィリアムズ…2020年チームパーシュート世界チャンピオンのメンバー

東京五輪で順位決定戦の直前に選手たちにかけた言葉は?

「いくつかの短いキーワードだ。『我々はここに向けて準備し計画を遂行して来た。五輪会場にいる今、時代を作ろう。上手な先頭交代をすること。個人ではなくチームとして最も良い判断を下そう』銅メダルを手に入れるためにこのような話をした」

私はコーチとして“事前の周到な準備がレースを決める”と考えている。世界選や五輪に入る前に充分フィットネスレベルを高めていて、かつ健康であれば結果はついてくる。

2020年世界チャンピオンを獲得したクロエ・ダイガートと

ケガからの復帰間もないクロエ・ダイガートをロード、個人TTで起用した理由は?
ロードのコースは必ずしも彼女に合ったものではなかったように思います。
トラックでメダルを取るために彼女を温存する選択肢もあったのでは?

「彼女はアクシデントからカムバックした直後で、ロード、個人TTを走りたがっていた。出走はクロエ自身の判断だった。そして彼女はトラックでも非常にうまく走れる自信も持ち合わせていた」

金メダルを狙うジェニファー・バレンテ選手はマディソンにも出場しました。
落車の危険がつきまとうマディソンへの起用はリスキーだったのでは?

「起用した理由は彼女が世界有数のマディソンの選手でもあると私が考えていること。またパートナーのメーガンは若く、経験を積むことが必要だとも思えた。
質問の答えとしてはイエス。私は二人がクラッシュしないか心配していた。でも落車の心配よりも彼女たちは充分に勝負できるレベルに達しているという考えが勝っていた。二人をマディソンに起用したのは正しい判断だったと考えている」

ジェニファー・バレンテはトラック界で現在最もオールラウンドな選手と評される

東京五輪の総括

改めて、東京五輪とはどのような大会でしたか?

「私の思い出の1ページに東京五輪は永遠に刻まれるだろう。コーチとして働く中で全てが思いどおりになるわけではない。また全ての望みがかなう選手もまたいない。

そんな中、望みどおりに金メダルを獲得したジェンのレースに立ち会うことができ、誇らしい気持ちになった。あの瞬間を忘れることは生涯ないだろう。

そこに至るまでは過酷な道のりだった。ジェンにとっても皆にとっても。舞台裏ではいろいろな困難が起こった。

私は日本の美しい景色を愛している。競技会場もまた素晴らしかった。コロナ渦により満員のベロドロームで走れなかったことは残念なことだ。しかし、それよりも五輪が開催されたことに感謝し、舞台に立てたことを喜びたい。日本の人々の並外れた努力により開催が可能になったことに敬意を表したい。それはスポーツ界にとって素晴らしい出来事だった」

中田尚志 ピークス・コーチンググループ・ジャパン

ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。
https://peakscoachinggroup.jp/

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中田尚志

中田尚志

ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。

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