波瀾万丈なハーレーダビッドソンの歴史を名車&エンジン、キーパーソンから徹底解説

若者たちが情熱を燃やして作り上げた、夢のモーターサイクルから始まったハーレーダビッドソン。時代ごとにアイコンとなるエンジンを生み出し、ハーレーはアメリカンモーターサイクルの代名詞となった。115年を超える同社の歴史は、まさしく波瀾万丈。ハーレー好きならもちろん、あまり知らない人も楽しめるハーレーダビッドソンの歴史をご紹介しよう。

ハーレーダビッドソンの基礎知識から、2019年モデル、カスタム&服装までハーレーライフ徹底解説

ハーレーダビッドソンの基礎知識から、2019年モデル、カスタム&服装までハーレーライフ徹底解説

2019年07月17日

 
 

1903-1910「小さな小屋からハーレーの歴史は始まった」

20世紀初頭の1903年。ライト兄弟が人類で初めて飛行機での有人飛行を成功させた年、ウイスコンシン州ミルウォーキーに二人の幼馴染みがいた。ウィリアム・S・ハーレーとダビッドソン家の三男アーサーは、当時まだ新しい乗り物だったモーターサイクルを独学で作り始める。製図工だったウィリアムが設計、鋳型製作工だったアーサーがパーツを作った。しかし二人ではうまくいかず、次男ウォルター・ダビッドソンを引き入れて1号車が完成。彼らの製品は評判となり、1906年には最初の工場を建設し50台を生産。翌年には「ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー」を立ち上げ、長男のウィリアム・A・ダビッドソンが合流して4人がそろった。

当初はダビッドソン家の地下で作業していたが、後に父親のウィリアム・ダビッドソンが家の裏に専用の小屋を建ててくれた。3m×4.6mと小さかったが、1970年代まで、当時のままの姿で本社の敷地内に保存されていた。

試行錯誤の末に完成した最初の一台「ハーレー1号機」

単気筒で409㏄のエンジンはド・ディオン・エンジンを模したもの。ループタイプのフレームで、トランスミッションはなし。駆動はレザーのベルトドライブだった。

最初のVツインエンジン搭載車

1909 年型モデル5Dは初のV型2気筒エンジンを搭載。Vツインの原型となったこのエンジンの排気量は819㏄。自動インレットバルブ、マグネトー点火を装備していた。

 
 

1911-1928「年々、勢いを増すハーレー社」

当時、全米でさまざまなレースが開催され、その勝敗が販売台数に大きく影響するほど盛り上がっていた。レースに強いメーカーほどよく売れたのである。ハーレーは早くからレース活動に力を入れ、「インディアン」などと激しく争っていた。Vツインエンジンの’11年型は高性能で評判も良く、同社のメインモデルがVツインになる礎となった。ハーレー社は順調に成長を続け、’11年には6階建ての本社ビルをミルウォーキーに建設。第1次世界大戦が勃発すると、軍の要請に基づき軍用車を開発し、納入台数は万単位にのぼった。そしてハーレーの優秀さを内外に示したである。

レースで次々と活躍!

レッキング・クルー(壊し屋)と呼ばれたファクトリーチームは、インディアンなどライバルと激しく争い、多くの栄冠を勝ち得ていた。

日本に輸入された初のハーレー「1913 モデル9E」

1912年型から採用された新型リジッドフレームにFヘッドの1000㏄エンジンを搭載。クラッチのように稼働するフリーホイールシステムを採用している。

第1次世界大戦に参戦

アメリカが第1次世界大戦に参戦した1917年、米軍の要請に応え、軍用モーターサイクルを開発。兵士に整備や修理を教えるトレーニングも行っていた。

今に続くVツインエンジンの礎「Fヘッド」

IOE(インテーク オーバー エグゾースト)タイプであるこのエンジンは、シリンダーヘッド内部の吸気バルブと排気バルブを、“ F”のように配置していることからFヘッドと呼ばれる。
 
 

1929-1935「日本を含む67カ国に展開。しかし大恐慌がハーレー社を襲う……」

ハーレーは海外への輸出も積極的に行い、1920年代に入ると日本を含む67カ国に正規販売店を展開。生産台数も飛躍的に増えていた。製品の改良にも余念がなく、ハーレーは実用的なモーターサイクルとして高く評価されていた。1929年、サイドバルブ方式を用いた、新型のフラットヘッドエンジンを採用したニューモデルを発表。しかし同年、世界を襲った大恐慌により未曾有の不景気にさらされ、2万3989台あった生産台数は、4年でわずか3703台にまで低下。従業員を家族のように思っていた重役たちだったが、断腸の思いで管理職にまで及ぶ大規模な一時解雇を実施して、大恐慌時代を乗り切った。

レースでも無敵を誇った

1920~1930年代に活躍したレーサー、ジョー・ペトラリ。ボードトラック、ダートトラックでスピード記録を持ち、AMA全国選手権で49回優勝している。

すでに白バイもハーレーだった

1930年代、ミネソタ州ミネアポリス警察に採用されていたハーレー。警告灯やサイレン、無線機などを装備したポリス仕様のモデルを全米の警察に納入した。

実用車としても使われた「サイドバルブ」(別名:フラットヘッド)

1929年から1935年(三輪のサービカーは1973年)まで生産されていた。吸気と排気バルブがシリンダーの横に並べて配置されていることから、サイドバルブという。別名はフラットヘッド。
 
 

1936-1947「ついに現代まで続くOHVツインが登場」

ナチスの台頭により、ヨーロッパに暗雲が立ちこめた1936年。フラットヘッドに代わる新しいエンジン、ナックルヘッドが登場した。OHV(オーバー ヘッド バルブ)方式を採用しており、フラットヘッドに比べて倍のパワーを発揮した。しかしアメリカが第2次世界大戦に参戦すると、民間モデルの生産がほぼストップ。代わりにフラットヘッドエンジンの軍用車WLAをフル回転で生産。1945年に戦争が終わると、再び民間モデルの生産を始めたが、新エンジンの開発が既に大詰めを迎えており、ナックルヘッドは11年の短命に終わったのだった。

満を持して登場した新エンジン

当初は標準のEと圧縮比の高いELの2種類で、後に1200㏄のFとFLが加わった。

エンジンやティアドロップタンクなど独特の美しさがある。

最高速度記録にもチャレンジ!

1000ccのナックルヘッドで最高速度記録を狙う、ジョー・ペトラリが乗ったマシン。1937年フロリダ州デイトナビーチで開催されたトライアルで219km/hの記録を達成。

第2次世界大戦で大量に投入された

1941年、アメリカが第2次世界大戦に参戦。ハーレーは整備が簡単で耐久性に優れるWLに、フラットフェンダーや防塵フィルターなど、軍用装備を追加したWLAを1942年から納入。

短命ながら後にハーレーの象徴となるOHV方式エンジン「ナックルヘッド」

1936年から1947年まで生産された、市販車初となるOHV(オーバー ヘッド バルブ)方式のエンジンで、排気量は1000㏄と1200㏄がある。ナックルヘッドの名は、上部のロッカーカバーが、握り拳(ナックル)のように見えたことから付けられた。以降、OHVのVツインエンジンがハーレーの象徴となる。

 
 

1948-1965「アメリカの繁栄とともに進化するハーレー」

第2次世界大戦終戦後、アメリカがかつてない繁栄と豊かさを謳歌していた1948年に、新型エンジン、パンヘッドを発表。1950~1960年代を通じて、パンヘッドはアップデートとマイナーチェンジを繰り返し、大きな進化を遂げていく。また大きくゴージャスなビッグツインだけでなく、排気量は小さいが、軽快な走りのスポーツスターシリーズを1957年から発売。スポーティなモデルとして人気を得た。そして最大のライバルであったインディアンが生産を停止。ハーレーダビッドソンは、アメリカを代表するモーターサイクルメーカーとなっていった。

ハイドラグライドからデュオグライドへ

1949年にハイドラグライド(写真:FLハイドラグライド)は、ビッグツイン初の油圧テレスコピック式のフロントフォークを装備。

リアサスペンションとスイングアームを装備するデュオグライド(写真:FLHデュオグライド)は1958年に誕生した。

50周年を迎えたハーレー

1953年に50周年を迎え、大きなケーキで祝うウィリアム・H・ダビッドソンと経営陣。1953年モデルにはフロントフェンダーに、50周年記念のメダルが取り付けられた。

好景気とともに大きな進化を遂げた「パンヘッド」

ロッカーカバーが、鍋(パン)をひっくり返したような形状をしていることから、パンヘッドと呼ばれたエンジン。排気量は1000ccと1200ccで、最大の特徴はシリンダーヘッドの素材をアルミに変更したこと。放熱性の悪さやオイル漏れなど鉄製シリンダーヘッドだったナックルヘッドの弱点を改良していた。

 
 

1966-1983「会社の危機を乗り越え多くの名車を生み出した時代」

優良な経営を続けていたハーレーだが、1960年代には株式の買収攻勢にあい、独立した経営が危ぶまれるようになった。経営陣はハーレーのブランドと独立性を守るため、レジャー会社のAMFに資本提携を依頼し、同社の傘下に。AMFはその潤沢な資金を使って新たな工場を建設。生産工程の合理化を進めて出荷台数を増やし、ニューモデルも続々と開発した。しかし、急激な変革とコストカットは製品の品質低下を招き、多くのハーレーファンを失望させる結果になってしまった。創業家一族を含む経営陣は、ハーレーを再び優れたバイクメーカーに蘇らせるためAMFから独立する道を選択したのだった。

新世代エンジン、ショベルヘッドを搭載した「1966 FLHエレクトラグライド」

スポーツスターに搭載されていたショベルヘッドを、ビッグツインにも搭載。樹脂製サドルバッグや大型ウインドシールドなど、現在に受け継がれるスタイルを確立した。

チョッパーが流行した時代背景

1969年の映画『イージー★ライダー』に登場するキャプテンアメリカ号は、1960年代に花開いた、若者文化のカウンターカルチャーを象徴するアイコン的な存在。

伝統のアメリカンブランドを守ったAMF

株式の買収攻勢にさらされていたハーレーは、複合企業体AMF(アメリカン・マシン&ファウンドリー)と、ブランドを守るため1969年に資本提携を開始した。

ハーレー復活の象徴「1977 FXSローライダー」

当時のカスタムシーンを意識して設計されたローライダーは、発売と同時に爆発的な人気を博し、経営が低迷していたハーレーを蘇らせる原動力になった。

AMFからの独立

1981年、自らの資産を投じてAMFから会社を買い戻したボーン・ビールズやウイリー・G・ダビッドソンら役員たち。

現在に受け継がれるスタイルを確立した「ショベルヘッド」

ロッカーカバーを上から見ると石炭用ショベルに似ているので、ショベルヘッドの名がついた。1970年に発電機がジェネレーター(直流)からオルタネーター(交流)になり、ケースも変更。1966~1969年型をアーリーショベル、1970年以降をレイトショベルと呼ぶ。1978年後期より1200ccから1340ccになった。
 
 

1984-1998「最新技術によりファンを拡大」

1984年にショベルヘッドの後継エンジンとして導入されたのがエボリューションだ。このオールアルミ製のエンジンは非常に信頼性が高く、高速化したアメリカのハイウェイを巡行するのに十分なパワーを発揮した。エボリューションと同時に発表されたのがソフテイルだ。リアサスを車体下に隠し、リジッドのようなシルエットを実現したこのフレームは、ハーレー伝統の美しいスタイリングを復刻させることに成功。ファットボーイやスプリンガーソフテイルなどの名車を数多く世に送り出した。さらに1991年にはダイナグライドフレームが誕生し、スポーツクルーザーという新しいジャンルを開拓していった。

ハーレーオーナーズグループの発足

ハーレーのオーナーによって結成されたH.O.G.(ハーレーオーナーズグループ)は1983年にスタート。現在は全世界で100万人を超える会員が所属している。

オールアルミ製で信頼性抜群のエンジン「エボリューション」(別名:ブロックヘッド)

ハーレー史上初のオールアルミエンジンで排気量は1340㏄。ロッカーカバーが3ピース構造になっており、ブロックを重ねたように見えることから、ブロックヘッドとも呼ばれている。
 
 

1999-2016「排気量拡大を見据えた、新時代のハーレー」

21世紀を目前に控えた1999年、より現代的でパワフルなツインカム88が登場した。ツインカムという名称は、エボリューションまでは1本だったカムシャフトを2本に増やしたことが由来。これによってより高度なセッティングを施し、パワーアップすることが可能になった。一方、88とは排気量を示す数字で、88ci(1450cc)を表している。この排気量は時代に合わせてどんどん拡大していき、最終的には110ci(1801cc)に達するまでになった。他にも、ドラッグレーサーからフィードバックした水冷DOHCエンジン「レボリューション」を搭載するVロッドを発表するなど、新たな挑戦も行われた。

ハーレーは2003年に100周年を迎えた

創業100周年を記念して、世界各国でセレブレーションイベントを開催。

特別なエンブレムを付けた100周年カラーモデルも発売され、人気を博した。

時代に合わせどんどん排気量が拡大した「ツインカム」(別名:ファットヘッド)

チェーン駆動でつないだ2本のカムシャフトを搭載して高性能化し、排気量は1450ccにボアアップ。ファットヘッドと呼ばれ、後に排気量を1584cc、1689ccと増大。’07年からEFIを採用した。
 
 

2017-「新しいハーレー像を築き上げる」

6代目となるOHVビッグツインがミルウォーキーエイトだ。その名前は、ハーレーが創業した都市の名前と、市販車としては初めてとなる8本(1シリンダーあたり4本)のバルブを採用したことに由来する。吸排気効率が高まっただけでなく、ツインカムに比べてシリンダー径が大きくなって排気量も拡大。よりトルクフルになり、低速での扱いやすさも向上した。2017年のツーリングモデルから搭載。続いて、2018年には、ダイナとソフテイルを統合した新型ソフテイルにも採用。そのパワフルなエンジンは、「ゆったりしたツアラー」という従来のイメージを覆し、「スポーティで軽快」という新しいハーレー像を生み出している。

115周年を記念したイベントを世界各地で開催!

2018年はハーレー創業115周年の記念イヤーで、それを祝福するパーティーが、世界各国の正規ディーラーで行われた。

市販モデルとして初めての8バルブ

8バルブOHVは、かつてレーシングマシンとしては存在したが、量産市販車としては初採用。低速トルクが格段に高まっており、より扱いやすいエンジンになった。

ハーレーが創業した都市の名前を由来に持つエンジン「ミルウォーキーエイト」

1シリンダーあたりの吸気と排気バルブを2本ずつにし、吸排気効率を高めた現行ビッグツインエンジン。バランサーを内蔵して振動を軽減するなど、パワーだけでなく快適性も大幅に向上。排気量は1745㏄、1868㏄、1923㏄をラインアップ。

 
 
歴史も長く、奥の深いハーレーダビッドソンの世界だからこそ、独特な専門用語がある。記事内ではじめて出合う用語や、知っているようでボヤっとしている用語などあったら、「ハーレー専門誌『クラブハーレー』編集部がお届けするハーレーダビッドソン専門用語集」を見てみよう。きっと発見がいっぱいだ!

『クラブハーレー』編集部がお届けするハーレーダビッドソン専門用語集

『クラブハーレー』編集部がお届けするハーレーダビッドソン専門用語集

2019年07月17日

 
 
(出典:『始めよう、楽しもう、ハーレーライフ!!』

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「フツーのヒトが乗るちょっと特別なバイク、ハーレーダビッドソン」をテーマに、新車情報からカスタム、ファッションまで、ハーレーのあるライフスタイルを提案するNo.1マガジン。

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