ベベルからMotoGPマシンまで「受け継がれる最速のDNA」【デスモ編(1)】

デスモ、トレリス、L型エンジンなど、その時代ごとにドゥカティの最速エンジンは最新技術と独創性を積み重ね「最速のDNA」を今日まで築きあげてきた。その70年以上にも及ぶ歴史をここでは特別にお届けしたい。「受け継がれる最速のDNA」というエンジン特集として、まずはデスモドローミック(以下、デスモ)から紹介だ。

デスモドローミックはドゥカティ全車に搭載

“ドゥカティらしさ”を掲げたら枚挙にいとまがないが、エンジンに採用される「デスモドローミック機構」はその筆頭だろう。なぜなら現行市販車はスーパーバイのパニガーレV4RからカジュアルなスクランブラーSIXTY2まで全市販車のエンジンはもちろん、MotoGPで活躍するデスモセディチD16にも使われているのだから。というワケでデスモドローミックの歴史を紐解くと……じつはドゥカティのオリジナルでは無かったりする。じつはクルマ用の小型内燃機関が実用化され始めた19世紀末期から“デスモドローミック=吸排気バルブの強制開閉機構”は、様々な方式が研究されていた。そして戦前はフランスのプジョーが、戦後はドイツのメルセデス・ベンツがグランプリカーのエンジンに投入したのだ。で、どちらも優秀な成績を収めている。

デスモの特徴的な強制開閉機構

一般的なエンジンの吸排気バルブは、カムシャフト(ロッカーアームを介する場合もある)でバルブを押し下げて開き、スプリングの反発力で閉じる。対するデスモ機構は、バルブを閉じる側にもカムとロッカーアームを設けて、強制的に閉めているのが大きな特徴。

クルマで実用化され、実績をあげたデスモはひとりのエンジニアが熟成させた

ココからがドゥカティの話に。奇しくもメルセデス・ベンツがデスモ機構のF1カーW196を走らせた1954年、ドゥカティは一人のエンジニアを召還した。名門モンディアルに属していたファビオ・タリオーニ技師だ。タリオーニ技師は55年にはベベル機構を開発し、翌56年のGPマシン用にバイク初のデスモ機構を作り出す。後のLツインやトレリスフレームなど、今日のドゥカティの基盤となる機構を次々と生み出した稀代の天才エンジニアといえる人物だ。

複雑なデスモエンジンをよりコンパクトにバイク用に開発

前述の通り、デスモの構想自体は古くから存在したし、ちょうどベンツがF1で使い始めた時期とは言え、いずれも四輪車のエンジン用だ。これは現在も(おそらく未来も)共通するが、バイクのエンジンは“コンパクトさ”が重要で、複雑なデスモのメカニズムをバイクエンジン用にコンパクトに作るのは、かなり大変だったハズ。しかしタリオーニさんはやってのけた(じつはその前にカムシャフトのベベル駆動も開発しているから凄い! 本物の天才だ)。

※この記事はDUCATI Magazine 2019年5月号の記事をWEB用のまとめた内容となります。
(出典:『DUCATI Magazine 2019年5月号』

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