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ドゥカティマニアの片隅から『4バルブエンジンとレーシングバイク』編

ドゥカティマニアの片隅から

今回は「ドゥカティの4バルブエンジンとレーシングバイク」についてお届けしよう。関連する歴史や人物については、過去のドゥカティマガジン誌などに詳しいので、まずは4バルブエンジンとレーシングバイク「デスモクアトロ」の誕生からアプローチ!今では貴重な916登場前の内容となっている。

4バルブエンジンとレーシンングバイクの密接な関係を紐解く

世界スーパーバイク選手権(WSB)は、「量産バイクをベースにして改造された車両」で行われる事になっているので、量産されているモデルと密接に関連しています。また、メーカーはこのレースに使用するためのベースとなる車両をあらかじめFIM(国際モーターサイクリズム連盟)に申請して、公認車両と呼ばれる許可を受けます。これをホモロゲーションモデルとも呼びます。

ドゥカティは、90年からWSB専用のレーシングバイクを市販していました。手に入れるためには、ドゥカティ本社のレース部門(01年以降はドゥカティコルセ)に認められて許可を受けないと購入できなかったようですが、そのための条件や車両の価格はよく分かっていません。

ドゥカティのスーパーバイクは、①先行開発を行う「ワークス」「ファクトリー」と呼ばれるごく少数のモデル、②WSB参戦チームに販売する「市販レーシングモデル」、③ホモロゲーション取得用の量産モデル(00年頃まではSP、SPSと呼ばれ、それ以降はRが付くモデル)と分類されています。そして、もう少しデチューンされたのが通常の量産モデルです。

では、時代ごとにそれぞれのモデルの変遷を見ていきましょう。

1993年888Racing。生産台数は46台

これ以降の変遷は下の表に詳しいですが、ポイントはシリンダーのボアサイズの変更(96年まで、2気筒は1000㏄までのボアアップが許されていた)と、バルブ径の変化です。極端に単純化すれば、同じ排気量であればボアは大きく(大きすぎると色々問題があるので限度はありますが)、バルブが大きいほどパワーを出しやすくなります。

ファクトリーレーサーは、市販レーサーに対して数年先行して開発しており、ファクトリーレーサーで実績が確認できると市販レーサーへほぼそのままフィードバックされる時代でした。SP/SPS系モデルは、ホモロゲーション取得用であり、市販レーサーからは幾分デチューンされているものの、排気量も含めて大きく異なるということもありませんでした。

1985年 それまで国営企業だったドゥカティが、カスティリオーニ兄弟のCAGIVA に売却され、会社としてレース活動に力を入れるように方針が転換され、それまでエンジン開発の中心だったF.タリオーニからM.ボルディに責任者が変わりました。それまで、社内ではパンタ系のエンジンをベースとした空冷2V 派のタリオーニと、もっとモダンな設計の水冷4V のボルディとのあいだで確執があったようですが、ボルディが責任者になることによって、水冷4V エンジンのプロジェクトが始まりました。
イギリスのレース用エンジンビルダーのコスワース社の協力と、ドゥカティのエンジニア、ボルディ、メンゴリを中心に開発が進められました。頂点が排気側に少しだけオフセットしたペントルーフ型の燃焼室、吸排気のバルブのはさみ角、ストレートな吸気ポート。これらの設計はコスワース社の影響を受けていると言われています。

1986年  新しいシリンダーとシリンダーヘッドを、空冷の750パンタのクランクケースに載せた試作エンジンが作られました。生産数の少なさとコスト、スペアパーツの管理上のメリットなどを考慮して、前後のシリンダーとシリンダーヘッドが共通の部品を使用するようになっていました。

1987年 ボアとストロークを大きくして排気量を851㏄にし、大きくなったパワーに耐えるためにクランクシャフトの強度もアップ、クランクケースも新規に設計されました。

1988年 初めてドゥカティの4V エンジンを搭載した851が市販車として発売されました。保安部品の付いていないモデルと公道走行用に保安部品のあるバージョンが用意されていました。

1990年 独立した市販レーサーとして初めての851Racing が登場します。通称「コルサ」とも呼ばれていますが、正式には「Racing」のようです。このモデル以降、市販レーサーにはパーツリストも制作されていて非常に高価ではありましたが、部品を入手することも可能でした。

 

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DUCATI Magazine 編集部

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情熱を意味する真っ赤なボディで駆け抜ける、イタリアを代表するバイク「ドゥカティ」。世界のレースシーンで培った技術、ストーリーを凝縮した専門マガジン。

DUCATI Magazine 編集部の記事一覧

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