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【DUCATIらしさの秘密】’92 888 Corsa サーキットに君臨したレーシングマシンを体感

『ドカだけが、なぜ違う? DUCATIらしさの秘密』と題して、ドカの個性的なモデルを紹介していく人気企画をプレイバック。今回は、ドゥカティのファクトリーチームが作り上げた2 台のレーシングマシンの試乗インプレをレポート。今回はサーキットに君臨したあの1992年 888 Corsaだ。

1992 888 Corsa サーキットに君臨したレーシングマシンの真実 そのハンドリングを体感した

ドゥカティのファクトリーチームが作り上げた2 台のレーシングマシンに試乗
スパルタンなイメージとは裏腹に、高い一体感と扱いやすさに溢れていた。

国産レーサーレプリカが世界的に猛威をふるっていた80年代当時、ドゥカティがサーキットで速さを見せていたという事実は、やや色あせつつあった。TT-F2ではトニー・ラッターが駆るパンタレーシングが結果を残していたものの、ビジネス的な成功にはつながらず、そうこうしている間にドゥカティはカジバの傘下に収められるなど、どちらかと言えばネガティブな雰囲気が漂っていたことも無関係ではない。

これによってブランドの弱体化を危ぶむ声もあったが、結果的にカジバの判断がドゥカティを救うことになった。それが「再びレースに打って出る」というシンプルな、そしてイタリアンらしい取り組みだったのである。

カジバが賢明だったのは、闇雲に突き進むことなく、まず競争力のある水冷エンジンの開発に乗り出したことだ。そのためにマッシモ・ボルディをプロジェクトの設計主任に抜擢。ライダーには元GP500のチャンピオン、マルコ・ルッキネリを招き入れ、ボルドール24時間耐久レースやアメリカのバトル・オブ・ザ・ツインズへの参戦を通して新型マシンの完成度を高めていったのである。

ほどなく、それは851(87年)として公道に送り出され、88年から始まった最速市販マシンの決定戦「世界スーパーバイク選手権(WSB)」にファクトリーチームとしてエントリー。強力な4気筒エンジンを持つホンダ、ヤマハ、カワサキといった日本のファクトリー勢を退け、参戦3年目となる90年に初の世界タイトルを獲得したのである。今でこそ常勝のイメージを誇るが、この活躍は大方の予想に反するものだった。

そんな851は、その後888(数字はいずれも排気量を表している)へと進化し、勢いを保ったまま92年まで3連覇を達成。その最後を飾ったマシンが、この888コルサに他ならない。

888コルサがいかに突出していたか。それを端的に示しているのが、WSBにおける勝利数だ。92年は全26戦が開催されたが、そのうち20勝をマーク。計9勝を挙げたダグ・ポーレンがランキング1位を獲得し、6勝して同2位に入ったレイモン・ロッシュのマシンもやはり888コルサだった。

Doug Polen ダグ・ポーレン

2年連続(’91~’92年)でてとこの王座に就いたアメリカ人ライダー。’89年にはスズキで全日本のTT-F1と同F3を、’94年にはホンダで鈴鹿8耐を制した(左は’91年のもの)

ここで紹介しているマシンは、ポーレン車そのものである。現在、日本のとあるエンスージアストの手元で保管され、いつでも実走可能な状態にある車両を今回テストすることができたのだ。

リヤの車高は比較的高いものの、ライディングポジションにはゆとりがあり、現代のスーパースポーツと比較するとツアラーに感じられるほどだ。一方、車重はライトウェイトスポーツ的で、取り回しても走り出してからも888㏄という排気量を感じさせない。

当時のスペックを調べてみると、ファクトリー仕様のマシンは乾燥重量142㎏を公称。プライベーター向けにデリバリーされていた市販レーサーでも148㎏ということなので、確かに納得である。

外部スターターでエンジンに火を入れてもらい、ブリッピングしてみる。その時の吹け上がり方はクランクマスの小ささを感じさせ、しかもかなりハイギヤードなセッティングゆえ、クラッチミートには慎重さが要求される。
とはいえ、気を使うのはそこまでだった。ある程度、スピードと回転が上昇してしまえばライディングはイージーそのもの。6000rpmあたりからワイドなトルクバンドが始まり、そこを外さなければあとはスロットル操作だけで欲しい時に欲しい分だけトラクションが得られる。オートマ感覚と言っても決して大げさではない
ほど、左手はフリーだ。

翌年に投入される916とは対称的、車体は大柄でカウルもふくよか。そのままツーリングに出掛けられそうなほど、ライディングポジションも安楽である。

ハンドリングもそのフィーリングに合致するもので、車体がリーンしていく時のスピードはユラリとした穏やかさを感じさせる。スチールの鋼管パイプフレームとアルミのツインスパーフレームを比較する時、よく「しなり」の有無で語られることが多いが、888コルサはその典型だ。

後継の916が登場してからは、ドゥカティ=スパルタンということになったが、888コルサはその真逆。もちろん突き詰めていけば別の顔を見せるのだろうが、この扱いやすさとスロットルの開けやすさが世界のトップに君臨した要因のひとつに違いない。

国産4気筒勢を向こうにまわし、2気筒&トレリスフレームという独自のアプローチで成功を収めたドゥカティが、いかにしてブランド力を高めていったか。すでにそれはよく知られるところだが、その布石になったのがこのマシンである。栄光のヒストリーの始まり。27年の時を経て、それに触れられたことに感謝したい。

水冷Lツインの排気量は車名の通り888ccだ。シリンダーのボア×ストロークは、94mm×64mmで、最高出力は135hp超を公称していた。
フレームの基本設計は公道仕様車と同じながら、一部に補強パイプを追加。シートフレームは細身のアルミパイプで構成されている。

 

乾燥重量は142kg軽さが生む高い一体感

ダグ・ポーレン車の特徴が、このブレーキディスクだ。右側にカーボン、左側に鋳鉄を組み合わせた時の制動フィーリングを好み、ほとんどのサーキットがこの仕様だった。
当時はレーサーにのみオーリンズのサスペンションを採用。リヤは本体上部にリンクを持つベルクランクタイプだ。ホイールにはマルケジーニのマグネシウムが装着されている。
電気式タコメーターと水温計、それをマウントするカーボンボックスは、当時の「ライトウェイトシャーシキット」に含まれていた。
マフラーはテルミニョーニ。ドゥカティの活躍によって一躍その名が広まった。実戦ではUKダンロップのスリックタイヤを使用。

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PROFILE

伊丹孝裕

RIDERS CLUB / メインテスター

伊丹孝裕

ライダースクラブのメインテスター。アマチュアレースに熱中した後、バイク雑誌編集者に。鈴鹿8耐やマン島TTなど、国際的なレースに参戦し、近年はオフロードも本格的に。何にでも積極的に首を突っ込むスタイル

伊丹孝裕の記事一覧

ライダースクラブのメインテスター。アマチュアレースに熱中した後、バイク雑誌編集者に。鈴鹿8耐やマン島TTなど、国際的なレースに参戦し、近年はオフロードも本格的に。何にでも積極的に首を突っ込むスタイル

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