ゴルフボランティアは感謝、奉仕、そして誇り <第2回>
EVEN 編集部
- 2021年01月08日
ゴルファーのために活躍するゴルフ界の匠から、それぞれの仕事に賭けた誇り高き言葉を頂くEVEN本誌の連載「タクミのカクゲン」がFUNQに登場。今回紹介するのは、日本人として香港ゴルフ協会の会長を務めた西剛弘氏だ。
第1回はこちら
ゴルフボランティアへと誘った出会い
西がゴルフボランティアの道に進む上で、香港以外にもう一つの大きな出会いがあった。出張先に変わった日本に出向く中で、以前から面識のあった当時の日本ゴルフ協会常務理事兼国際交流委員会(現外交委員会)委員長の川田太三氏と再会する。
「川田氏はこう言いました。もっと深くゴルフに関わってみないかと」
その言葉に感じ入ってしまうのも、この人の性格なのだろう。
「今や師と仰ぐ川田氏と再会した2年後の2014年には、52年ぶりに日本がホスト国となる世界最大のアマチュアゴルフイベント、アイゼンハワートロフィーの別名を持つ世界アマチュアチーム対抗選手権が軽井沢で開催されることが決まっていました。そのタイミングで日本ゴルフ協会は、海外とのゴルフ外交活動ができる人材を求めていたようです。立場としては諸外国との架け橋となる外務省の外交官的な役割で、これまでの海外生活経験をゴルフの世界で活かせる場所だと思い、お受けする旨を伝えました。勤めていた銀行が個人の時間の範囲での社会貢献に協力的だったのも支えでした。それより大変だったというべきは、さらなる川田氏からの要望でした。世界アマという大きな国際大会が開かれるのだから、今後のゴルフ外交のためにもこれを機にR&Aゴルフレフリー資格を取ったらと……」
超難関の国際ライセンスを取得
スコットランドのセント・アンドリュースに本部を置くR&Aは、ゴルフ競技の世界的総本山。西が取得を目指したのは、トーナメント運営と審判の資格を得られるR&A Level 3 TARS。3段階の最上級で、当時は日本から一年に2名しか受験できない厳格な国際ライセンスだった。
「これが本当に難しくて、頭がウニになるほど勉強しました(笑)。現場の実務試験もあって、恥ずかしいくらいギリギリの合格でした」
再び謙遜するが、返す返すもハードな試験勉強を多忙な銀行務めと並行して行った事実を忘れないでおきたい。一方で当人にすれば、R&Aのお墨付きを得て最高レベルのゴルフボランティアになれる期待を自らに寄せていただろうし、だからこそ頑張れたと思う。そして最高難度の資格取得は、競技大会のスターターという役目を西に与えてくれた。
スターターになれる日が訪れるなんて
スターターとは、基本的に1番ホールのティーイングエリアで参加選手一人ひとりの名前を読み上げる係だ。観戦経験がある人なら、戦いの始まりを厳かに伝える儀式的な雰囲気に心が躍った覚えがあるだろう。
「午前4時には起きて準備し、午前7時台スタートの組から最終組まで、8〜9分間隔で送りだします。今年の日本オープンは、女性のスターターと交互で努めました。名前のコール以外にスコアカードの手渡しや、変更・追加のローカルルールを選手に知らせるのが役割です。
心得としているのは、まず名前を間違わないこと。初めての大会では頭が真っ白になり、一人の選手だけ間違ったコールをしてしまいました。あとで本人に謝りに行ったのは今でもよく覚えています。もう一つは、すべての選手を応援する気持ちで送り出すことですね。そのために、名前を読み上げる速さなどはかなり気を遣っています。
選手ともども緊張する役目ですが、やはり名誉ですよね。2014年から国内3大オープンのスターターを務めさせてもらっていますが、その年の日本オープンにはアダム・スコットが来ましてね。大勢のギャラリーが詰めかけた千葉カントリークラブで彼の名前をコールできたのは、生涯最高の記憶の一つです。そんな日が訪れるなんて、昔の自分はまるで知りませんでしたから」
第3回へ続く
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スタイリッシュでアスリートなゴルファーのためにつくられたマガジン。最旬のゴルフファッション、ギア、レッスン、海外ゴルフトリップまで、独自目線でゴルフの魅力をお届け。
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