「みんなのGOLF」でマニアックなジャンルだったゴルフゲームを草の根に広げたゲームプロデューサー小林康秀氏インタビュー [タクミのカクゲン]
EVEN 編集部
- 2022年09月30日
ゴルファーのために活躍するゴルフ界の匠から、それぞれの仕事に賭けた誇り高き言葉を頂く連載企画。今回は、大人気ゴルフゲームのプロデューサーが登場。※本内容は2021年12月発行の「EVEN2022年1月号」に掲載されたものに一部加筆したものです。
ゴルフゲームプロデューサー
小林康秀 Yasuhide Kobayashi
ゴルフの力に支えられてスタートしたゲーム
1997年7月の発売からシリーズを重ねつつ、世界累計1400万本以上の実売本数を挙げているのが『みんなのGOLF』というゲームソフトだ。その24年前の第1作を発売元のソニー・コンピュータエンタテインメント(現在はソニー・インタラクティブエンタテインメント)の中にいてプロデュースしたのが小林康秀である。第1作目からして国内累計出荷本数200万本越えという驚くべき人気を集めた理由を、小林はこう語った。
「タイトルがすべてだったと思います。ゴルフをやるやらないに関係なく家族全員、つまりみんなが楽しめるゲームをつくるのがコンセプトでしたから」
今となればこれしかないと思える名称だが、決定までには他のゲームと異なる経緯があったそうだ。
「発売2カ月前の受注活動時には、少なくともタイトルを確定しておくのが通例です。ですが、ギリギリまで決まっていませんでした。もちろん僕は『みんなのGOLF』というネーミングを持っていたし、提案もしました。ところが認められなかった。普通はタイトル名にNGは出ません。こう言ったらナニですが、私の上司が横槍を入れたんです」
苦肉の策でプロモーション部隊が小林案を踏まえながら独自の選考法を試したという。
「大手広告代理店のコピーライターにタイトル案を発注したんです。そうしたら、彼らが出したタイトルの中で二つが僕の案と同じで、さらにその内の一つが『みんなのGOLF』でした。それでようやくお墨付きをもらえたのですが、まぁ癪でしたね。ただ、ありがたいことにプロモ部隊の部長が僕よりもゴルフ好きで、テレビCMを流す等のプロモーション予算を潤沢に用意してくれました。ここが勝因です。そして、ゲーム好きでゴルフ好きのクリエイターが集結してこのゲームをつくってくれたこと。ゴルフの力に支えられたスタートでした」
こうして誕生した『みんなのGOLF』の大成功を足がかりに、やがて小林は次々に話題作、ヒット作を連発、社内に留まらずゲーム業界全体でその名を知られる名プロデューサーとなっていく。しかし彼が本来目指していたのは、ゲームと相容れない部分を持った道だったというのだから、人生はいつどこで何を掛け違えるかわからない。
不動の人気を誇る『みんなのGOLG』
1997年7月の第1作発売以降、据え置きゲーム機用ソフトとして全7作がリリースされている大ヒットゲーム。派生シリーズも数多く登場し、2017年から始まったスマホゲームの『みんゴル』(配信:フォワードワークス)もまた1000万ダウンロードを超える人気を集めている。
ゲーム業界、紆余曲折の旅路
1963年群馬県生まれ。青山学院大学へ進学が決まった18歳の小林が抱いていたのは、教員になる夢だった。
「なので大学では、教育学を専攻していました。教職免許を取るために4年間通ったわけです。でも、ふと疑問に思ったんです。学校というのは、新卒とベテランが同じミッションを課せられるんですね。それでいいのか? まずは世の中を知ったほうがいいんじゃないのか? であれば社会勉強してから教師になっても遅くないだろうと考えて、就職情報誌をめくりました」
就活に出遅れた小林を拾ったのが、ゲーム関連で有名なセガ・エンタープライゼス。教育関連に準ずる幼児向けコンピュータビジネスの展開が控えていたことに惹かれたという。
「残念ながらそのプロジェクトは入社2年半で終了してしまい、ここが先生に戻るタイミングと思いました。けれど辞めさせてくれませんでした。メガドライブというゲーム機の発売に当たって、社外のゲーム制作パプリッシャーと契約する部署をつくるからそこに行けと言われて。家庭用ハードウェアで勝負するのは難しいと思っていたのですが、少し手伝って潮時が来たら辞めればいいかなと……」
そうしてセガに6年間務めた1992年のある日、先を決めないまま退社した。その頃は海に近い茅ケ崎に住んでいたので、自転車でビーチに行ってはビールを飲むという気楽な時間を過ごしたという。
「半年間プータローでした。その年には結婚もして、しかも奥さんはセガの同僚だったから当時の慣習で他の会社で働くことになって、それで自分が辞めちゃうなんて酷い話です。でも、奥さんは何も言わなかったな。本当に偉い人だと思います」
そこで教職の道に戻らなかったのが小林の運命だったかもしれない。セガ時代に縁を持ったパブリッシャーの1社が声をかけてくる。それが、後の1994年12月に発売されるプレイステーションを軸に新会社設立を決めていた、その時点で存在していなかったソニー・コンピュータエンタテインメントだった。
「ハードウェアビジネスにはまだ懐疑的でしたが、ビジョンある方々の話を聞いて、ワンチャンあるかもと期待しました。入社したのは、ソニー・コンピュータエンタテインメントが設立された1993年11月16日から2週間後の12月1日でした」
最初の業務は前職と同じ。目的が達成されると辞めたくなり引き留められるという状況も前職と酷似。そこで小林は、残留条件にゲーム会社で未経験の制作部門への異動を要望した。これが『みんなのGOLF』発売1年前の1996年に叶う。
結局ゴルフによって授かった運は……
小林とゴルフの出会い。初めてプレイしたのは、茅ケ崎無職時代の1992年11月。ここで改めて、小林の人生における妻の存在の偉大さが明らかになる。
「島根で暮らしている義父が僕の群馬の実家を訪ねるという話になりました。お互いの父親がゴルフ好きなので、僕の親父が『ゴルフでもてなすから、お前もやれ』と1カ月前に宣告されまして。慌てて量販店に行き、6万円くらいのウィルソンのクラブセットを買ったんです。土日に4~5回練習してコースデビューですよ。けれど、すごく楽しかった。それから奥さんも誘って練習場に通い、あれから30年経っても飽きずにクラブを振り続けています」
そのゴルフ熱が反映される形で『みんなのGOLF』が生まれた?
「それはもちろんですが、背景はもう一つありました。僕は自分が世に出したいものがあるというより、何かやりたい人を見つけてサポートするマネージメントが得意なプロデューサーです。『みんなのGOLF』は、ゴルフゲーム制作に長けたクリエイターたちに出会えたことが大きいですね。とは言え会社からは最初、スポーツのゲームには難色を示されました。自社に前例がないのが主な理由だったようです。それでもやりたいと申し出て、その頃もっとも売れていたゴルフゲームの7万本を必ず超えるからと断言してようやく認めてもらいました」
蓋を開けたら200万本を超える大ヒット作になったのは前段で紹介した通り。そんな感じなので、小林のゴルフエピソードもほとんどは『みんなのGOLF』と共にあるようだ。
「一番幸せなゴルフライフを過ごせたのは、やっぱり1作目と2作目の制作期間ですね。クリエイターといっしょにラウンドしながら特徴的なコースを記憶して、会社に戻って朝までゲーム用コースのデザインをしたり。スイングモーションの監修も手伝いました。ゴルフにどっぷりでしたね。夢のような時期だった」
醒めてしまうから夢と呼ぶのか。制作現場から離されていくのが社員プロデューサーの宿命らしく、それに抗うようにして役職はもちろん会社も捨て、48歳になる年にスマイルコネクト・イーという会社を立ち上げた。現在はゲーム関連会社の顧問を務めているが、独立のもう一つの目的は原点回帰だった。
「教育方面で何か役に立ちたい思いは消えないままでした。そこで発達障害の子供の会話や短期記憶を支えるアプリ開発を目的にしたNPO法人をつくりました。それもやりつつ、ゴルフゲームにも関わっていきたいですね」
『みんなのGOLF』の初期段階から制作に参加していたクリエイター、村守将志率いるクラップハンズは、Apple社とのコラボレーションでスマホゲームの『CLAP H ANZ GOLF(※2022年9月現在『いつでもGOLF』に改称)』』を2021年4月にリリースした。そのスーパーバイザーを務めたのも小林である。
「ゴルフゲームも熟成し、やれるところはおよそやった感があります。新しいハードが登場すれば、クリエイターたちはその性で新しい料理法を考えていくとは思いますが。それでもゴルフゲームはなくならないでしょう。スコアもプレイも、リアルでは出せないものがある。それがゲームをやる意味です。要するに理想のゴルフ、理想の自分がそこにいるんですね。いいショットが打てると僕もいまだに何度もリプレイ映像を眺めますから。あの気持ちよさは一度味わったらやめられませんね」
58歳になる直前のインタビューで小林は溌剌としていた。波乱万丈の人生、まだ何が起こるかわからないとワクワクしてるように見える。
「『みんなのGOLF』という出世作に恵まれましたが、結局ゴルフによって授かった運は、奥さんと結婚したことがすべてなんですよね」
スマホ特有の操作が楽しめる『いつでも GOLF』
小林がスーパーバイザーを務めるクラップハンズは、2021年4月にAppleとのコラボによるスマホゲーム『CLAPHANZ GOLF(※現在の名称はいつでもGOLF)』の配信開始を発表。タッチパネルの特性を生かして開発された「アナログフリックショット」は、プレイヤーのテクニックや癖が反映される直感的な操作系だという。
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スタイリッシュでアスリートなゴルファーのためにつくられたマガジン。最旬のゴルフファッション、ギア、レッスン、海外ゴルフトリップまで、独自目線でゴルフの魅力をお届け。
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