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グリズリーとブラックベアとの付き合い方|ユーコンで力こぶ

カナダの北、ユーコン準州での生活から見えてくる季節折々の日常をご紹介。今号のテーマは「クマとの共存」。

文◎熊谷芳江 Text by Yoshie Kumagai
出典◎フィールドライフ No.61 2018 秋号

ユーコンに暮らす3万9000人と1万6000頭以上のグリズリーとブラックベアとの付き合い方

ハイウェイ沿いで、 タンポポを食べるグリズリー

ユーコンに暮らして23年。ここの自然を愛しながらも、森に足を踏み入れる瞬間にいつも感じる緊張がある。それは、クマの存在である。

ユーコン準州の情報によるとここには約6000から7000頭のグリズリー、そして約1万頭ものブラックベアが棲息しているという。

これだけ書くと、その数の多さに驚くかもしれないけれど、ユーコンの総面積は48万3450㎢(大体スペインと同じ大きさ)で、人口は約3万9000人である。これらの数値は、ここにどれだけの野生地、すなわち動物たちの暮らす場所があるかということを示していると思う。

しかしどれだけスペースがあっても、やはり人間が彼らに遭遇するチャンスはあるわけで、野生地で時間をすごすにはそれなりの知識と装備を準備する必要がある。

それは、自分たちの身を守るためだけに必要なことではなく、彼らを不必要に刺激しないため、彼らの生活の場所を侵害しないためのリスクマネジメントである。

ベアスプレーの威力

グリズリーの足跡

まず、私が自然のなかに入る際に必ずといっていいほど携行するのはベアスプレー。これは唐辛子のスプレーで、クマの目や鼻に向けて噴射すると効果がある。

ただ、噴射距離に限度があるため、クマと自分の間が6m前後の距離であることや、噴射したスプレーが自分に降りかからないように風向きを考えねばいけないなど、使用には注意が必要である。またその距離からも分かる通り、このスプレーはクマが自分に向かって近づいて来たときの最終手段だと私は理解している。

クマは万が一対峙する形になっても、興味がなければそのままどこかへ行ってしまう場合も多い。

私も実際、ハイキング中にブラックベアと対面したことがあるけれど、動きを止めてそのまま静かにようすを見ていたら、こちらをチラリと見て小川の方に向かって歩いて行った。しかし、運悪く人間に興味を示すクマに出会ったら、そのまま追いかけられる場合もある。

秋のアラスカの川で、サーモンを探すグリズリー

以前、友人のお父さんは、追いかけてくるクマから逃げて必死の思いで木に登った。しかしクマは靴にかみつくなどして諦めなかった。そこでようやくベアスプレーを使う機会が生まれ、上から噴射すると見事にクマの顔に命中し、命拾いした。この話は、私たちにベアスプレーを携行することの大切さを再認識させてくれたのだ。

私の友人のなかには、ベアスプレー以上に効果があるとして、ベアバンガーを携行する人もいる。これは、使用すると銃を打ったような音がし、万が一クマが自分に興味を示して近づいて来た際に、威嚇するためのものだ。

地元のアウトドアショップに置かれているベアセイフティグッズの数々

私も昔、実際にクマがキャンプ地に現れたとき、人馴れしていたのか、どれだけ大きな物音を立ててもダメだったけれど、友人がベアバンガーを使用したら、すぐに去ってくれてホッとした経験がある。

クマに遭遇しないために

クルアニ国立公園のトレイルに設置されているサイン。とくに入り口でこれを見ると、気が引き締まる

しかしこれらは、すべて「万が一クマに遭遇したとき」のための護身のための装備で、私がそれより大切にしているのは、「クマに遭遇しないため」の手段である。

たとえば、トレイルを歩く際には物音を立て「来てますよ。ここにいますよ」ということを知らせながら歩く。

ユーコンのクマは基本人間に会いたがっていないからこれはとても効果的だし、またクマとの出会いで一番避けたいのは自分たちが突然彼らの前に現れて驚かせることだ。だれかといっしょならば話し声でもいいし、手を叩いてもいい。

とくにブッシュが茂っているなどして視界が悪い場所に入る場合には手前で「ヨーベア!」と大きな声で叫んだりして警戒する。

クルアニ国立公園の玄関口、ヘインズジャンクションのサインにはグリズリーがあしらわれている

ただ、ハイキングなどのときはこういうことにも意識を配りがちだけれど、たとえば秋にベリーピッキングに出かけたりすると、ベリー摘みに夢中になってうっかり物音を立てることを忘れてしまうことがあるので要注意だ。

ユーコンのクマたちは秋になると冬眠に向けてベリーをたくさん食べる。この時期に見る彼らの糞には、ベリーがゴロゴロと入っているのだ。だから、ブルーベリーやクランベリーなどの宝庫で時間をすごすときには、気をつけないといけないのである。

川での食事を終え、森に帰るママと3匹の子グマたち

ほかにも、バックカントリーでのキャンプでは、キッチン(調理をする場所)とテント場を数百メートル離し、テント場には食べ物などは一切持っていかない。洗面道具などもすべてキャンプ地に置いておく。

川沿いでキャンプし、釣りを楽しんだ場合には、手は魚の匂いがしないようにしっかり洗う。魚を焚き火で料理したら、骨などはしっかりと焼き尽くす。地面に食べ物などが落ちていないか注意する。

就寝前には装備を整理し、コンテナの蓋などはきちんと閉じて、できるだけ匂いが漏れないようにする。場合によっては、食料を木に吊るすなど、さまざまな対応をする。

屋外に設置されているゴミ箱は、野生動物、とくにクマに荒らされないよう、取っ手部分に手を入れて押さないと開かないように工夫されている

国立公園などでは、食料庫が設置されていたり、ベアキャニスター(食糧を入れて匂いが漏れないようにするための缶)の使用が義務付けられている場合もある。これらは、クマを刺激しない、人間の食べ物の味を教えないためにも、とても大切なことだと考える。

ゴミ箱の開け方は、きちんと図解付き

昔、初めてアラスカを旅したときに、道を横切るグリズリーのためにバスを停めたデナリ国立公園のドライバーの言った言葉が、いまでも心に残っている。「ここは、彼らの土地なのです。だから、私たち訪問者は、彼らが渡りたかったら道を譲るのです」

自然のなかを旅するときに人は謙虚でいること。その後ユーコンに移住し20数年経ったいまでも、私はその教えを大切にしている。

熊谷芳江 (くまがえ・よしえ)
カナダ・ユーコン準州ホワイトホース在住。SweetRiverEnterprises代表カヌーガイド。北に憧れ、この地に住み始めて23年。カナダでのアウトドア・ライフを楽しみつつ、相変わらず世界各地も旅して回っている。語学留学やカヌーツアーで当地を訪れる日本人から「屈強な姉さん」と呼ばれながら、ユーコンの魅力を伝えている。
www.yukonriver.com

 

 

 

出典

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フィールドライフ 編集部

フィールドライフ 編集部

2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。

フィールドライフ 編集部の記事一覧

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