地図から読み取るフランスとスイスのお国柄|地図のファンタジア
フィールドライフ 編集部
- 2021年11月28日
日本では9月中旬以降に秋雨前線の動きが活発になるが、緯度的にもう少し北にあるヨーロッパでは8月末から、悪天候の日々が始まる。天候が悪くなれば夏のバカンスシーズンも終わる。客足が少なくなった時期のイベントをやれば、集客につながる。トレイルランニングの世界では知らない人のない、代表的イベントとなったウルトラ・トレイル・デュ・モンブラン(略称UTMB)も、背景にはそんな商業的な事情がある。世界中のトレイルランナーたちを魅了して止まないUTMBだが、何度も悪天候の憂き目にあっているのは、リゾート地の集客に行なわれているイベントの宿命でもある。
モンブラン山塊
元々モンブラン山塊の回りには、ツール・ド・モンブランと呼ばれるトレッキングルートがあった。総距離約100マイル(160㎞)、一週間程度で踏破できるこのコースは世界でも人気の高いトレッキングコースのひとつで、随所にモンブラン山塊の絶景やアルプス裾野の牧歌的な風景を見ることができる。UTMBはこのコースをベースに設定されている。登山基地シャモニーをスタートし、イタリア、スイスという3つの国をめぐる。
国が違えば地図も違う。一方で陸続きのヨーロッパでは、他国になったからといってそこから先の地図がなくなっては不便だ。そのため、それぞれ隣の国の部分まで地図が描かれている。必然的に、同じ場所が、ふたつの国の地図で描かれることになる。本来同じ対象であり、対象を正確に描くべき地図なのに、異なる文化の下でどう描き方が違うか。その対比が、地図好きには堪らなくおもしろいのだ。
UTMBが後半に通過するスイスとフランス国境のフォルクラ峠(コル・デ・ラ・フォルクラ)周辺を見てみよう。南東部にはモンブラン山塊に端を発するトリアン氷河も見える(地図上の青色の部分)。
あくまで繊細、冷徹なイメージのスイスの地図に比べて、フランスの地図は森(緑色の部分)に大小の針葉樹とおぼしきアイコンが描かれ、楽しげな印象を受ける。等高線の色や薄オレンジ色の牧草地や畑の部分も比較的暖色系の色合いで描かれ、おまけに緑の林との境に植生界を表す点線もなく、イラストマップ風の親しみやすさを感じる。
等高線の形状に違いはないし、精度という点では同等なのだが、スイスの地図は全体的に精緻で精密な印象を受ける。とくに感じるのは、等高線の山頂部に黒い短線で描かれた岩山の表現である。フランスの地図は茶色の等高線の上に黒い短線が描き足されている印象なのに対して、スイスの地図は等高線自体が描けるところは黒で描き、そうでないところは、黒い短線で岩肌が描かれている。フランスの地図は「岩山らしさを加えてみました」という感じなのに対して、スイスの地図は「あくまで岩山として表現するぞ!」という気合いを感じる。
美しさで定評のあるスイスの地図はそうした地図作製者の気概に支えられているのだろう。そもそも、フランスの地図は2万5000分の1だが、スイスの地図は5万分の1なのだ。同じ大きさにすれば、スイスの地図がスカスカに見えてもおかしくないのに、精緻さで堂々と張り合っている。
フランスの地図には、フォルクラ峠に向かって東(地図上の右)から延びる黒い破線に赤い線が加刷されている。これがトレッキングルート「ツール・ド・モンブラン」である。日本では登山道といえば山に登るか縦走をするためのものだが、ここではむしろ山裾を歩くためのものである。青い破線は、山スキーのルートだ。日本の地図にはないそんなささやかな表現に、山岳スポーツの長い伝統を読み取れるのも、地図の楽しみのひとつである。
村越 真(むらこし しん)
静岡県出身。静岡大学教授。専門はスポーツ心理学や認知心理学など。「オリエンテーリング全日本選手権」では15連覇、22回の優勝を成し遂げ、読図界での愛称はナビゲーションのファンタジスタ。著書に『山岳読図シミュレーションBOOK』(エイ出版社刊)などがある。
※この記事はフィールドライフ 2018年秋 No.61からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっています。
文・写真◉村越真
出典◉フィールドライフ 2018年秋 No.61
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
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