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深い谷のダウンリバーで蘇った、あの日の縦走の記憶・前編|grateful days

文・写真◎佐藤拓郎 Text & Photo by Takuro Sato

【2019年山旅】

雨のなかの散歩も悪くない。最近は不思議とそう思えるようになってきた。

日本アルプス最南端の3000m峰を朝のうちに越え、真っ白なガスのなかで急な下りをこなすと、聖平あたりでガスは霧雨へと変わり、僕らはレインウエアを羽織った。神々しい朝日を頂から眺める予定だったが、山なんかそんなものだ。そもそも朝日をいつも山のてっぺんから眺めてたら、神々しさなんか感じられないかもしれない。

椹島から山に入って3日目、すっかり山になじんだような感覚を覚えていた。どこを見渡しても人の気配を感じない南アルプス南部では、むしろそうなることが自然で、ジタバタしてもなにも変わらない、それを受け入れさせる雄大さがここにはあるのだ。

いつの間にか雨はあがり、青い空に向かって登っていく。

思った以上に歯ごたえのある上河内岳への登りをこなすうちに、天候はガラッと好転してきた。開けた頂上に着くなりレインウエアを脱ぎ、茶臼岳方面を眺めながら「キタねー」というタケさんに、そのまま「キタねー」と返す。なにが“キタ”のか確認するはずもないけど、僕らのなかで同じ充足感のようなものを共有していることは間違いなかった。レインウエアのなかで噴き出した水分を補うために、プラティパスの水筒に口をつけゴクゴクと水を補給する。昨晩の宿である兎岳避難小屋手前の水場で補給していた、ひとり5ℓの水はすでに底をつきかけていて、僕らは茶臼小屋に寄ってくことを決めた。しかし南アルプスは標高に関わらず水場が多く、とくに僕のような汗っかきは本当に助かる。

茶臼岳あたりからは、それまでの荒川岳、赤石岳、聖岳など落差のある縦走路から、たおやかな尾根が光岳へとつづくやさしさに満ちあふれた縦走路へと変わる。なにひとつ変わらないのは、ここの山深さ。山の裾野がどこかわからないほど、見渡す限り森に覆われているのだ。

名前すら知らなかったイザルヶ岳は、この山旅のなかで一番のリラックスポイントとなった。

光岳小屋のテン場で縦走最後の夜をすごした僕らは、光岳小屋の管理人のおばちゃんから、小屋に泊まっていたおばさまたちとカップリングしてもらい、登山口の易老渡待ち合わせでタクシーに乗車した。疲れもあってか、おばさまたちとの会話もそこそこにウトウトし始めるものの、身体が縦横に激しく揺さぶられ、気持ち良く寝かせてはくれない。「迎えのときはなかったんだけどな〜」そう当たりまえのように運転手がつぶやき、車を降りて林道に居座った岩を移動させている。この旅の初め、僕らが乗った椹島行きのバスがパンクしたことを思い出してか、タケさんはこの状況を楽しむかのようにニヤッと笑った。

歩いてきた縦走路が見えると、なんとも言えない充実感がこみ上げてくる。

>>>後編【2020年川旅】へつづく

佐藤 拓郎 (さとう たくろう)

ノローナ、フーディニなど北欧アウトドアブランドを取り扱うFULLMARKS 原宿店店長。山・川・海なんでも好きで、一年中忙しい毎日。大きくなってきた子どもと山へ行くことが楽しい今日このごろ。

※この記事はフィールドライフ 2020年秋 No.69からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっています。

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フィールドライフ 編集部

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2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。

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