【iPad 2万3460台導入】熊本のICT教育は、いかにして最後尾から先進地域になったか?
- 2020年12月07日
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全国の教育者が注目する熊本市で、大規模なオンラインイベント開催
2020年11月8日〜15日にかけて、『クマモト・エデュケーションウィーク2020』がオンラインで開催された。
1週間に渡って、ICT教育に関する講演、パネルディスカッション、教員による実践発表、生徒による発表、などがオンラインを使って行われた。熊本では、大量のiPadが小学校、中学校に導入され、しかも非常に上手に活用されているが、そこからさらに一歩踏み込んで、オンラインで情報発信を行っていくという姿勢は注目に値する。
Kumamoto Education Week 2020
https://kumamoto-ew.jp/
そもそも熊本市のICT教育は『最後尾と言っていい状態だった(熊本市教育委員会・遠藤洋路教育長談)』という。にもかかわらず、そこから巻き返し、今や日本中のICT教育に関わる人が注目し、視察などが後を絶たない『ICT教育のモデル地区的存在』になったはなぜなのか?
コロナ禍が日本に広がる直前の2020年2月にflick!では現地に取材に赴いて、その姿勢に感銘を受けた。
そこで、『クマモト・エデュケーションウィーク2020』を終えた今、今回は新たに熊本市教育委員会の遠藤遠藤洋路教育長にお話をうかがった。
教育委員会の方針、OECDが提示する『エージェンシー』とは?
まず、熊本市教育委員会が、なんのために、iPadを大量導入したかをうかがった。
「ICTデバイスを導入すること自体が目的になってはいけません。iPadを導入するのは新学習指導要領で示されている『主体的、対話的で深い学び』を実現するためです。そこは、何度も繰り返し申し上げて確認している。従来から『子どもが主役になる授業』『子どもの力を引き出す授業』というのは、戦後教育でずっと言われてきたことだけれども、iPadというICT機器を活用することで、ようやくそれが手の届くものになった」
子どもたちが、自分で学ぶ意味を考えて、先生が教示を垂れるのではなく、自分たちで考え、学び取っていくという授業は、一部の先生が可能な特別な授業だったけれども、iPadの活用で多くの先生が行えるようになって、手が届くものになったという。
現在、OECD(経済強力開発機構)で提示されている『OECD Education 2030』では、『エージェンシー』という概念が示されており、『自分の人生と周りの世界をより良いものにしていく』という意思や能力を持った子どもを育てることが重要であるとされている。熊本市のiPadの活用、ICT教育の推進も、それを目標としているのだという。
「現在、日本では『ICT機器の導入の準備ができている』と答えられる教師が10人にひとりしかいないと言われています。熊本市はICT機器を受け入れる準備をするために、その学校の導入の核となるリーダー的先生のための研修もしていている、それを支持する校長先生のための研修もしている、リーダーをフォローしていく先生方全員の研修もしている。全員が『子どもが主役となる授業のためにICT機器を導入している』という共通認識ができている」
「ゴールを明確にすることによって、それぞれの学校に自由度が与えられる。我々教育委員会も答えを持っているわけではないから、できる限り可能性を潰さないようにするために自由度を確保している。教育委員会や、教師が方法を押し付けるのではなくて、子どもたち自身が使ってみる、使わせてみるという姿勢を大切にしています。そうした状況の中で、先生方から『教師になった頃に夢に描いていた理想の授業ができるようになった』という声をいただいています」
最後尾だった熊本市を躍進させた『トップの決断』
ICT教育を進めることによって、教育の強靭化、つまり災害があっても『学びを止めない』ことが可能になっているという。コロナ禍の状況下にあったも同様だ。
「もともと、この熊本市のICT教育自体が熊本地震という経験の中から立ち上がっていますから。多くの先生方、熊本市民が、震災という経験を共有している。」
ITC教育の最大の壁が予算の問題だが、熊本市はその問題を大西一史市長の、強い意思と発言で乗り越えた。
大震災で大きく傷ついた熊本市。象徴的文化財である熊本城の修復でさえまだ道半ば。にもかかわらず、ICT教育の進展については全国でももっとも遅れているレベル。学校に各教室のWi-Fiはおろか、職員室にさえほとんどパソコンがないような状況だった。
そんな状況の中、「熊本地震からの復興に向けた、100年後の未来の礎作りとして、子供たちの教育ICTの環境作りが非常に重要」と、熊本市のすべての小中学校に2万3460台のiPadを配備する、トータルで30億円にも登る支出を決断したのが大西一史市長と遠藤洋路教育長だった。予算が厳しい時ながら、いや予算が厳しい時だから、子供たちの未来を最優先するという決断だった。
結果として、今年のコロナ禍という災害のなかでも、休校という状況の中でもオンラインでできることを進めることができた。
教室にWi-Fiさえない……という最後尾の状況だったから選んだセルラーモデルという選択が、結果としてコロナ禍の在宅授業でも役に立った(ICT教育では、教育の平等という観点から、自宅にWi-Fiがない子がいる……というのも常に大きな問題になる。flick!読者の方だとそんなことは考えられないかもしれないが、Wi-Fiのない家庭はけっこうな割合で存在するのだ)。
iPadを選んだ理由
ICT機器として、iPadを選んだのは製品として完成度が高く使いやすい。拡張性がある。いろんな使い方ができるからだった。
熊本地震直後に災害支援として、iPadも他社タブレットなども無償で提供されたものがあったが、実際に授業で活用してみると、iPadの優位性は明らかだった。
購入したそのままの状態で、写真が撮れる、動画が撮れる、レポートが作れる、編集できる、さまざまな教育コンテンツが存在する、バッテリーの持ち、安定動作、壊れにくさ。保護者のiPhoneを触ったことが触ったことのある子どもたちが多く、すぐに使い方を修得できるのもiPadのメリットだった。
中学校での活用の糸口もすでに見つかっている
各校、各組織の情報担当者が勝手な制限をかけないように(情報担当者はすぐに機能制限をかけてデバイスが活用されないようにしがちなのだそうだ)、勝手に機能制限をかけるためにはいくつもの会議が必要で、最終的に教育長が承認しないといけないようにした。逆に制限をゆるめるのは先生の一任で行えるという。
自由に子どもたちが使えるようにすることこそが大切なのだそうだ。
今後は、中学校での活用が主たるテーマになるのだそうだ。高校受験が目の前にあり、小学校と違って先生が教えるというスタイルが中心になりがちな中学校でいかにiPadを活用するか。すでに、糸口は見つかっており、上手に活用している中学校も出てきているのだそうだ。
いくつかの授業や発表を見せていただいたが、子どもたちの積極的な発表、iPadの使いこなし、考え方の先進性は驚くほどだ。熊本市では、まさに『主体的、対話的で深い学び』が現実になろうとしているようだ。
熊本市は、今後も全国の教育者が注目する都市であり続けるに違いない。
(村上タクタ)
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PROFILE
flick! / 編集長
村上 タクタ
デジタルガジェットとウェブサービスの雑誌『フリック!』の編集長。バイク雑誌、ラジコン飛行機雑誌、サンゴと熱帯魚の雑誌を作って今に至る。作った雑誌は600冊以上。旅行、キャンプ、クルマ、絵画、カメラ……も好き。2児の父。
デジタルガジェットとウェブサービスの雑誌『フリック!』の編集長。バイク雑誌、ラジコン飛行機雑誌、サンゴと熱帯魚の雑誌を作って今に至る。作った雑誌は600冊以上。旅行、キャンプ、クルマ、絵画、カメラ……も好き。2児の父。