知られざる駅弁の世界を今に伝える、駅弁業界の生き字引き!

鉄道旅のお供と言えば、ビール?おつまみ?スナック菓子…?いえいえ、やっぱり駅弁でしょう!訪れた土地ならではのローカルフードや郷土色を楽しむことができる駅弁は、鉄道旅の醍醐味といっても過言ではない。

「駅弁~、駅弁はいかがですか」。

大きな駅ホームには、かつて必ず駅弁売りが立っていたものだ。肩にかけた販売箱には数種類の駅弁が並んでいた。どれにするか悩むのも旅の愉しみだった。いまや駅弁の立売りを見る機会も、掛け紙を使った経木折の駅弁を買う機会も珍しくなった。紙の箱に入った現代版の駅弁も集めているが、駅弁の掛け紙に愛情を注ぐマニアを取材した。

掛け紙を紐で巻いた駅弁に情緒を感じる

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その部屋は駅弁の間と化していた。「峠の釜飯」、「鯛めし」などの各地の駅弁はもちろん、駅弁のお供だったお茶も飾ってあった。子どもの頃、ポリ容器のお茶を買ったことがあるが、土瓶のお茶は初めて見た。その脇には、駅弁売りが肩に掛けていた販売箱も置かれていた。「この駅弁販売箱は、まだ国鉄時代の、昭和56年に国府津駅(東海道線)で使われていたものです。これはアルミ製ですが、昔は木製でした」
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この部屋の住人、瀬戸曻さんは、昭和39年に服部栄養専門学校栄養士科を卒業と同時に、駅弁メーカー「東華軒」(当時本社は国府津)に入社。栄養士として商品開発などに携わる中で、他社製品研究のため駅弁を買い始めた。駅弁を食べることがいつしか趣味になり、駅弁を求めて旅に出るように。「駅弁の魅力は、郷土色豊かなおかずが盛られているところにあります。いまでこそ東京駅構内やデパートの催事で全国の駅弁を入手できますが、本来その土地へ行かないと食べられませんでした」

昔の駅弁の食材が地産地消だったかどうかは定かではない。けれど、ローカル色豊かな駅弁と出会えるのが旅の醍醐味だった。「近頃の駅弁はさらに美味しくなったと思います。でも、昔の駅弁と比べると情緒がなくなりました」
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なぜ情緒がないのか。その理由は容器と掛け紙にあると瀬戸さんは説く。昔の駅弁は経木折が主流だった。経木折に製造担当がご飯やおかずをひとつひとつ手で盛り、最後にフタをし、掛け紙を被せ、紐で縛った。「経木折は、余分な水分を吸うので美味しいんです。でも、それ以上に、趣があり、味わい深いイラストが描かれた掛け紙は、旅先ならではのご馳走でした」

昭和50年代、弁当メーカーでは、その製造にオートメーション化を急いだ。大量生産を図ったのだ。駅弁名やその中味がわかる写真やイラストが印刷された厚紙の弁当箱を導入。大量生産には不向きで、人件費がかかる掛け紙や紐が必要な経木折の駅弁は徐々に廃れていったのだった。「印刷技術も格段に進化しているはずです。それでもやはり厚紙製の駅弁は味気ないし、面白みがありません。印刷技術が劣っていても、薄っぺらい紙であっても掛け紙には情緒があるし、歴史の重み感じます」
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瀬戸さんによれば、掛け紙からその駅弁が売られていた時代背景が見えてくるという。たとえば、「奉祝御大典」と書かれた掛け紙がある。昭和3年11月、昭和天皇の御大典が京都御所で行われた。そのとき発売された記念駅弁の掛け紙だ。日の丸と英国旗をあしらった掛け紙もある。
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大正11年4月、英国の皇太子、ウィンザー公の来日を記念して発売されたサンドイッチ弁当のラベルだ。「国民精神総動員」の文字が重々しい掛け紙や、「御飯」とだけ書かれた掛け紙は戦時中の駅弁だ。
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「御飯とありますが、白米は入っていなかったと思います。戦時中はうどん駅弁やサツマイモが盛られた駅弁もありました」。食糧難が解消されてきた昭和30年頃からふつうの駅弁が登場。東京オリンピックを記念した駅弁も発売された。
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駅弁がパリに進出。将来に期待したい

駅弁の立売りがいた時代、瀬戸さんの東華軒では、小田原駅、熱海駅、国府津駅の在来線ホームで駅弁を販売。売り子の数は総勢で約40名。「ブルートレインが入線すると、駅弁が飛ぶように売れました」

瀬戸さんが入社した半年後の昭和39年10月、駅弁業界にとって致命的な出来事が起こった。夢の超特急、東海道新幹線が開通したのだ。「新幹線は停車時間が短く、窓が開きません。新幹線開通に伴い特急列車の本数が減り、売上が減少。入社当時、駅弁屋は全国に342社ありました。いまは100社を切っています」

駅弁の立売りはもはや絶滅危惧種。駅弁のお供だったポリ容器のお茶は、缶やペットボトルにその座を奪われた。電車の近代化と駅弁の売上は相反するものらしい。やがて新幹線は飛行機と競合するようになっていく。空弁が注目され、売上が伸びる一方、駅弁は時代に取り残された。いまや駅弁業界は斜陽産業なってしまった。

そんな時代にあり、いまも経木折の駅弁を使い続けるメーカーがある。「崎陽軒です。シウマイ弁当は発売当初から経木折を使っています。掛け紙を紐で結ぶ、昔ながらのスタイルが嬉しいし、心が和みます」
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3年前、駅弁業界に明るいニュースが飛び込んできた。パリ・リヨン駅で駅弁が販売されたのだ。瀬戸さんが好きな経木折ではなかったものの、駅弁はコンパクトでヘルシーで美しいとパリジャンの間で人気を呼んだ。

そして平成30年秋7種類の駅弁が、1カ月限定でパリ・リヨン駅構内で発売された。「来年の東京オリンピックに向けて、駅弁業界の奮起を期待しています。そもそもいまの駅弁は高すぎる。コンビニ弁当との競合を考え、もっと安い駅弁を開発すべきです」。長年駅弁開発に携わり、駅弁を愛する瀬戸さんだからこそ苦言を呈している。日本人も外国人も手を出しやすい駅弁を作ってほしいものだ。

(出典:『LIGHTNING 2019年1月号 Vol.297』)
(ライター:千葉泰江)

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