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大ブームになったビニールクルーザーのルーツを知ってる? スケートボード進化論。

ライディングスタイルの向上に合わせ、今なお進化し続けているスケートボード。もちろんギアも時代によって素材や形状を変え続けてきた。ここでは長い歴史の中でも特に進化が著しかったスケートボード黎明期のギアの進化を、「ビー・イン・ワークス」秋山勝利さんの言葉から辿っていく。

ライディングの進化がギアも発展させてきた。

スケートボードのギアはライディングの進化と共に素材や形状が改良され続け、今なお進化し続けている。

「ビー・イン・ワークス」秋山勝利さん|1970年代後半に現役で活躍したフリースタイルスピンの日本記録保持者。日本スケートボード協会や、日本初のスケーターズカンパニー設立など、日本のスケートシーンの発展に多大な貢献を果たした

「日本ではブームによる浮き沈みがあり、’80年代にはスケートボードは下火だと言われたこともありました。でもアメリカではそんなことはなく、どの時代にもヒーローが存在し、彼らがライディングレベルを引き上げ、ギアもそれに合わせて進化を続けていきました」

いわばライディングとスケートギアの進化は相互関係にあるということだろう。

「今ではストリートの人はストリートしかしないという人が多いですが、’70年代はフリースタイルもスラロームもバンクも皆がオールジャンルでやっていました。実はトニー・ホークもフリースタイルがそれなりにできるんです。だからこそ皆が新しいものが次々と生まれていきましたし、ギアも加速度的に進化していきました。ナタス・カウパスやマーク・ゴンザレスたちが少しずつトリックを構築していってストリートスタイルが生まれたのも、様々なスタイルがミックスされていたという背景があるからでしょうね」

’70年代に生まれたZ-BOYSからステイシー・ペラルタがジョージ・パウエルと共にPOWELL PERALTAを立ち上げ、彼らを見て育ったトニー・ホークらが新たなスターとしてBONES BRIGADEで活躍していったのも、ストリートでデビューしたトミー・ゲレロが『The Search for Animal Chin』ではバーチカルを披露しているのも、歴史を築いてきたレジェンド達の足跡を踏襲しているに他ならない。

▼Z-BOYSについて知りたい方はこちら!

知らずに乗れない! DOGTOWNから始まるスケートボード文化史。

知らずに乗れない! DOGTOWNから始まるスケートボード文化史。

2021年03月10日

「ギアのひとつひとつを見ると、当時のライディングスタイルがすごくよくわかりますし、その時代の本物のアメリカ文化が詰まっています。自分がDOGTOWNを日本で展開しているのも、当時の文化を残して伝えていきたいという想いがあるからなんですよ」

ビニールクルーザーのルーツも! 黎明期の歴史に名を刻んだギアたち。

スケートボードの黎明期、1960年代というのはライディングがフラットでの逆立ちやウィリーが中心だった時代。そのためギアも「曲がれるように、壊れないように」ということに主軸が置かれていた。素材や形状も現在とは全く違うものだった。

一枚板のデッキとクレイ製のウィール。

1960年代のスタンダードなセッティングのスケートボード。一本の木から削りだした一枚板のデッキにクレイ製のウィール。トラックはもちろんローラースケートのローラーの構造を踏襲した上からボルトを通すタイプで、ベアリングもルーズボールベアリングだ。

横から見ると貼り合わせた跡がない無垢の一枚板だとわかる。さらに面も平らで、この頃はコンケーブ(板の傾斜)という概念も無かった。

クレイと呼ばれる粘土のような素材のウィール。当然と言えば当然だが、端が欠けやすいなど、お世辞にも性能は良いとは言えなかった。

スケートブームを起こしたウレタン製のウィール。

ウィールの歴史における最大の進化は素材がウレタンになったことだ。キャデラックウィールが’73年にスケート界に初めて持ち込みスケートブームを巻き起こした。疾走感ある広告がその機能性を証明している。

グラスファイバーデッキとルーズボールベアリング。

Country of Laurent

スケートボード黎明期はデッキの素材も様々だったが、このグラスファイバーも代用的な素材のひとつ。トラックもスケートボード専用のものではなくローラースケートのものを使っていた。現在のキングピンを下から通す構造ではないため調節も難しかった。

グラスファイバー製のデッキは、このようにガラス繊維が無数に折り重なってできている。ウッドと比べればしなるものが多い。

当時のベアリングは内部のボール間の調整が必要なルーズボールベアリング。今のシールドベアリングと比べればかなりの手間。

一枚板で作られたロングボードデッキ。

スケートボードがサーフカルチャーをルーツに派生していったという事実がわかるデッキ。サーフィンの陸乗り練習用としてサーファーからも愛されたこともあり、一枚板が主だったこの時代は、ロングボードもよく作られていた。

日本のサーフ・スケートカルチャーを語る上で欠かせない伝説的ショップ、”THE SURF” のロゴ。スケートボード黎明期を支えた。

大ブームとなったビニールクルーザーのルーツ。

グラスファイバー製のデッキと時を同じくして世に出回っていたFree Former のプラスチック製デッキ。近年大ブームを巻き起こしたPenny Skateboards などビニールクルーザーのルーツにもなっている。’70年台初頭はウッド以外の素材も多くあった。

黎明期を経て、1970年代以降のデッキはどう進化した?

’70年代に入るとバンクやプールライディングが生まれ、一枚板から合板になるなどギアも“より速く、よりスムース”に進化。またデッキにグラフィックを施すという概念も生まれて、個性を主張するものへと変貌を遂げていく。

よく見るとデッキのロゴはマジックで描かれている。プールライディングが生まれデッキの裏面を見せられるようになったことで、グラフィックの文化は生まれたのだ。

DOGTOWN/OG CLASSIC BIGFOOT

’70年代になるとこのような弾丸を横から見たようなシェイプへと変貌を遂げていく。また一枚から合板になったことで加工も容易になっていった。こちらは当時のデザイン、大きさ、形状を忠実に再現したモデル。コンケーブはまだ無かった時代のもの。1万6200円

DOGTOWN/SCOTT OSTER REISSUE

同じく当時のデザイン、大きさ、形状を忠実に再現したモデル。’80年代は’70年代のシェイプにウエストが付いた、俗に言うフィッシュテールという形状がスタンダードになる。コンケーブも付いてターンもしやすくなり、グラフィックも派手になっていった。1万2960円

【問い合わせ】
ビー・イン・ワークス
TEL 0475-78-6604
http://www.beinworksdist.com

※情報は取材当時のものです。現在取り扱っていない場合があります。

(出典/「Lightning 2018年4月号 Vol.288」)

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PROFILE

ADちゃん

Lightning / 編集者

ADちゃん

スケートカルチャーシーンでは実は名の知れた存在で、社内に隠れファンが多数いるほど。だが普段はそんな雰囲気はまったく醸し出していないため、ただの笑顔のステキなお兄さんと思われている。ミリタリーについても、モヒカン小川に並ぶ知識の持ち主

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