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【Stories】北泉波乗り物語

南相馬市、そして東北方面のサーフィン玄関口でもある北泉海岸。ここは広々と開放的なビーチが特徴で、年間を通して多くのサーファーが集まってくる。東北地方のサーファーはもちろん、全国から多くの人が訪れる理由は、波のクオリティの高さ。コンスタントにムネ~アタマ程度の波がブレイクしており、上級者たちをも満足させてくれるのだ。

そんな北泉海岸のサーフィンの歴史はまだ浅く、サーファーが集い始めたのは約20年ほど前。北泉海岸のアイコンでもある原町火力発電所ができたことがきっかけだ。

北泉海岸に極上の波が生まれるまで

「火力発電所ができる前の北泉海岸は、ただただ広い砂浜があるだけでした。何もないので海水の流れが強くて、よほど小さい波の時くらいしか入ったことがなかったです。でも火力発電所ができることで、風をかわすように。結果、サーファーにとって嬉しい波が割れるようになったんですよ」と、1970年代からこの場所で波乗りを楽しむ鈴木康二さんは言う。

その後、北泉海岸ではNSA(日本サーフィン連盟)の大会が行われるようになり、その名は全国的に知られるように。その後、遠方のサーファーも多く訪れるようになった。今も積極的にサーフィン大会を開催している北泉海岸。そこには、「ここの波は最高!」と地元を愛してやまないローカルサーファーの熱い想いがある。

南相馬市を日本一のサーフタウンに!

NSAの大会にも深く関わり、南相馬市唯一のサーフボード製作所を営む室原真二さん。彼もまたこの波に魅了されたひとりだ。現在は「サーフツーリズム推進委員会」の委員長として、市と連携しながら北泉海岸の魅力を多くの人に伝えている。

「僕がサーフィンを始めたのは高校3年生の頃。当時はまだ海岸も開発されてなく、道路に苔が生えているような場所だったんですよ。それが火力発電所の誕生とともに、次々と美しく整備され、公園やオートキャンプ場もできたんですよね。オートキャンプ場は今は経営されていませんが、また復活するといいなと思っています」

室原さんと言えば、北泉海岸での「サーフィン世界大会」を実現した張本人。地元の海を盛り上げるため、NSAの大会はもちろん、南相馬市長杯やビーチでのサマーフェスティバルなどの開催に尽力している。

「2003年ごろには、年間の海水浴客は6万人以上。いつも賑わいを見せる北泉海岸は、サーフタウンとしての魅力が満載なんです」

リスタートし、北泉海岸から新しい文化を生んでいく

震災があり、一度はその賑わいが消えかけた北泉海岸。10年という時を経て、再び力強く出発を始めた。この数年、NSAの大会はこの場所で行われており、NSAに登録するサーファーの数は、東北エリアでナンバー1。

「今は体育協会に入ることが目標です。資料はすでに全て揃っています」と室原さんが熱い想いを話す。北泉海岸での大会誘致がきっかけとなり、宮城県や茨城県でもサーフコンテストが再開されることに。

「この海をさらに盛り上げるためには、若いサーファーの力も欠かせません」と話すのは南相馬市のプロサーファー佐藤広さん。北泉海岸から新たなプロサーファーが誕生してほしい。そんな想いを持って、キッズサーファーの育成にも力を入れている。最初は子供の付き添いで来ていた親御さんが、サーフィンの魅力にハマり、サーファーになったという事例もあるのだそう。夏に初めてサーフィンを体験し、オールシーズン海に入りたいと情熱を見せる子供たちには海までの送り迎えなどもやっている。

南相馬市唯一のライフセーバー団体「サーフパトロール・モンステラ」にも所属する佐藤さんは、海に深く関わりながら、その魅力をもっと多くの人に届けていく。

サーファー目線で眺めた今と昔

北泉海岸が開発される前からサーフィンをしていた鈴木康二さん。彼が大切に持っている古い写真から、この場所のサーフィンの始まりの歴史を感じることができる。

「一番最初にここでサーフィンしたのは、おそらく僕らだったのではないかと思います。開発される前はサーフィンができるような場所ではなかったので、みんな他の海に行っていたんですよ」

1977年の元旦に撮影された下記の写真は、北泉海岸付近のビーチ。この頃はまだ、北泉が日本有数のサーフスポットになるとは想像もしていなかった。

「全員がシングルフィンのショートボードです。当時の流行りでしたから。今はロングボードからショートボードまで、さまざまなスタイルで皆さんサーフィンを楽しんでいます。時代を感じますね」と鈴木さん。

震災後しばらくして、自身のサーフショップが開催するサーフコンテスト「サンマリンカップ」を復活した時の写真。多くのサーファーが北泉海岸に戻り、海は活気づいてきた。

以前は“知る人ぞ知る”な存在だった北泉海岸は、全国のサーファーが一度は波乗りしてみたいと思う憧れの場所となった。誰もいない海でのんびりサーフィンを楽しみたい。サーフブームが訪れ、そんな希望もなかなか叶わなくなった今、北泉海岸には夢のような景色がまだ広がっている。

「都内から渋滞に巻き込まれながら千葉の海へ行くのと、北泉海岸に行く時間はほぼ変わらないと思うんですよね」という、通いサーファーの言葉に妙に納得。自然との調和を楽しみながら、心をリラックスさせる。サーフィンの本当の魅力を味わえる北泉海岸が日本一のサーフスポットになる日は近い。

 

再会の海~北泉の波が呼んでいる~

サーフィンの街・南相馬市が辿る希望への歩みに、サーフィン専門メディアNALUがさまざまなコンテンツで迫る。

はじめてのサーフィン

“いつか子供と一緒にサーフィンしたい”と夢見る子育て世代のお父さんサーファーの願いをカタチにするべく、震災からの復活を歩む福島県南相馬市の北泉海岸を舞台に、あるプロジェクトが動き出しました。子供たちのサーフィン初体験物語を、「Def Tech」のMicroが結成した新ユニット「WST(ダブスト)」の楽曲にのせてお届けします。

RESTART -北泉海岸 再始動したサーフツーリズム-

“リスタート”をテーマに、福島県南相馬市・北泉海岸の「サーフツーリズム」プロジェクトに密着したドキュメンタリー。震災から11年。ローカルとビジター、サーフィンをする人としない人、みんなにやさしくてひらかれたビーチを目指して奮闘する人々の声を、サーファー・坂口憲二さんのナレーションと共にお届けします。

 

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PROFILE

NALU 編集部

NALU 編集部

テーマは「THE ART OF SURFING」。波との出会いは一期一会。そんな儚くも美しい波を心から愛するサーファーたちの、心揺さぶる会心のフォトが満載のサーフマガジン。

NALU 編集部の記事一覧

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