
そのときを待つ|旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺 #53

高橋広平
- 2025年06月16日
安曇野に住んでいる私にとって北アルプスは非常に大きな存在である。物理的にはもちろん愛するライチョウの住処でもあるし、里から見て西側に延々とそびえ立っているおかげで容易に方角も掴めるし、なにより主に西から攻めてくる台風などを受け止めて弱体化してくれる。住めばわかるのだが、安曇野というのはつくづく北アルプスの恩恵を受けていると実感する日々である。
編集◉PEAKS編集部
文・写真◉高橋広平
そのときを待つ
冒頭で安曇野に触れたのにはもちろん理由がある。今年の安曇野の山シーズンは波乱から始まっている。南から蝶ヶ岳、常念岳、燕岳と表銀座と呼ばれる人気の山がぜいたくに並んでいるのだが、その3つのアプローチのうち2つ(常念・燕)が崩落によってシーズン開始早々に入山制約を受けてしまったのだ。それぞれ通常よりも長い歩行距離と公共交通によって繋いでいるものの、山の最盛期を前に非常に困った状況が続いている。私も毎年たびたび訪れるかつ知人も多い場所のため、早期の復旧を切に願うばかりである。つまりはこの事に心を置いておきたかったのだ。
さて、稜線上は繁殖期まっただなか。6月に入りライチョウの産卵もはじまり1年のなかでも非常に重要な季節である。例年、上旬にかけておよそ1日おきに1卵ずつ生み落とされる卵たちは4~7つほどと、母鳥の塩梅で決められた個数が揃ったのちに温めがはじまる。
母鳥が抱く大切な卵たちは、父鳥が冬のあいだからしのぎを削り勝ち取った縄張りの秘密の場所、選びに選び抜いたハイマツの茂みの中にこぶし大のくぼみをつくり、母鳥みずからの羽毛をいくらか散りばめたお手製のベッドでぬくもりを与えられてその日を待つ。
つまるところ繁殖期における抱卵期というわけだが、抱卵を開始して以降は卵の孵化までのカウントダウンが始動するため、卵が孵るまで温めるのを止めるわけにはいかなくなる。温め続けるためには母鳥もしっかりかつ迅速に採食しなければならない。このため、朝と夕の2度にときを決め、抱卵巣をわずかに離れる。この際、守人としてつがいのオスが脇につくのだが、音もなく合流するようすを見るに、ライチョウ間でのみ使用されるなんらかの通信手段があるようだ。それが人間の耳に聞こえない周波数のなにかなのか、いわゆるテレパス的ななにかなのかはわからないが、我々が猿人からヒトへ進化した過程で捨ててしまった野生動物でのみ通用する手段なのではと推察する。
また抱卵巣の所在は捕食者の目をくらますために巧みに隠蔽され、人間の探知では見当をつけることすら難しい。さらにはハイマツの群落の深部にあることも多いため、道徳的にハイマツを漕いで探すというのも禁忌である。どうしてもその在り処を特定するならば、登山道沿いあるいは歩行しても差し支えない岩場沿いに据えられた場所に限定される。
あの手この手を使い、この年みつけた抱卵巣はその条件を満たし、人通りのない静かな岩稜帯の横に設けられていた。母鳥は例年よく顔を会わせているなじみである。地域によっては人間の行動を利用して捕食者避けにして生活している個体群も見受けられるが、彼女と私の関係もそのようなものと思われる。
今回の1枚はハイマツの茂みの中にたたずむ母鳥の様子を写したものである。彼女が腰をおろしている下には、彼女のぬくもりを分け与えられそのときを待ついくつもの卵がきれいに並べられている。6月下旬ないし7月上旬、殻を破り顔を出すそのときが待ち遠しい。

今週のアザーカット

今年の夏はイベントが盛りだくさんだったりします。7月12日に松本市のキッセイ文化ホールで講演会、7月21日に無印良品ツルヤ安曇野穂高店で第3回となるトートバッグ作成イベントを行います。そして8月末には松本市で写真展を企画中です。各イベントはその都度私のSNSなどで公表していきますので、興味のある方はチェックしていただけると幸いです。
【お知らせ】次回の更新は2025年7月21日(月)になります。
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PROFILE

PEAKS / 雷鳥写真家・ライチョウ総合作家
高橋広平
1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。
Instagram : sundays_photo
1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。
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