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南アルプス深南部・前黒法師岳二人彷徨

移りゆく四季。その季節にしか見られないもの、感じられないものが山にはある。しかし、季節の狭間にだって、そのときだけしかない、なにかが眠っているはず。秋でもない冬でもない、そんな時節。南アルプスのディープサウスへ――。

季節の変わり目を探しに行くような静かな山行。

春夏秋冬。春には雪解けを喜び、夏には雨や雷を恐れ、秋には豊作に感謝し、冬には火のありがたみを感じる。昔であれば、季節が変わる瞬間を感じるというのはすなわち生きることに直結するできごとだったはずで、それは喜びの対象であり、そしてまた恐れの対象でもあっただろう。

しかしいま、季節の移ろいが明確なこの国に住んでいながら「まさにいま、この瞬間に季節が変わっている」と実感できる機会が、果たしてどれだけあるだろうか。

「毎年気づいたら夏が終わってるんだよねぇ」。ガイド仲間で飲むと決まって聞くセリフだ。どのギョーカイも似たようなものかもしれないが、年中山に入っているガイドとて、季節が変わる瞬間を感じるというのは容易ではない。

ただ、そんななかにあって秋から冬へと季節が変わる瞬間だけは、はっきりと感じられるように思う。北風小僧の寒太郎が街までやってくるほんのすこし前、山の中腹では色とりどりの葉が舞い、もうすぐ訪れる銀世界への備えをしているころ。山はどこか寂しいような、切ないような、なんともいえない雰囲気をまとっている。

きっと、そういった雰囲気こそが「季節の変わり目」の正体であり、そしてそれを感じる経験というのは恐らく、人として忘れてはならないモノなのなのだろうと思う。

もしそうであるとすれば、紅葉もピークをすぎ、スキーを履くにはまだ早いこの時期こそ、自然のなかで生きる者として、山と積極的に向き合うべきではないのだろうか……。

この日は雪が積もり始める標高に達するまで終始ガスが濃く残り、元々見晴らしも良くないため足下に落ちた紅葉の彩りがありがたかった。

毎年この時期になるとそんなことを考え、どこの山に行こうかななんて地図とにらめっこが始まるのだが、そんな折、スマートフォンに一通のメールが届いた。

「山、行きませんか?」。早足で駆け抜けていく季節に追い越されないよう、僕はふたつ返事でパッキングを済ませ、南アルプスへと車を走らせた。

11月下旬の某日、早朝。静岡県・寸又峡温泉。美人の湯として、またツーリングの名所として名高いこの温泉街は、南アルプス深南部へのベースキャンプとしても知られている。

南アルプスのなかでもとくに「深南部」として知られるこの山域は、赤石岳や聖岳といった山域からさらに南、光岳から続く稜線を20㎞ほど南下した場所に位置する。当然登山客もメジャーどころと比べれば遥かに少なく、季節の変わり目を探しに行くような静かな山行にはちょうどいいのだが、そんな深南部から、今回は旅の目的地として「黒法師岳」を選んだ。

この黒法師岳、とある理由でその道では有名な山なのだが、じつは日本最南端の2000m峰でもある。東北・北海道や日本アルプスの山々はすでに秋とは呼べず、ここより西や標高の低い山であればまだ秋の雰囲気が色濃い。黒法師岳は今回の旅にはまさにうってつけの山というわけだ。

小さな案内板も各所に点在する。

前夜から降り続くあいにくの雨のなか、今回の旅のパートナーである田中知彩都ちゃんと合流。メジャーなピークを踏みに行くわけでもなく、天候はあいにくの雨。なんとなく申し訳ない気もするが、彼女も経験こそ少ないとはいえ、体力的にはバリバリの山女。きっと最後は楽しかったと言ってくれるはず。

しばらくは雨宿りをして灰色の雲を眺めていたけれど、あまり良くなりそうもない。体が冷え始める前に、登山口へと歩を進めることにした。

車止めのゲートをくぐり、しばらくは紅葉狩りに訪れた観光客を横目に林道を歩く。谷沿いに見え隠れする稜線はかなり低いところまでガスがかかっており、上の状況はどうにもうかがい知れない。

しばらくして黒法師岳へと続く登山道の入口へたどり着くが、登山道は入口からあまり状態が良くなく、思ったより足元が崩れている。

道がわかりづらい箇所も存在するため、しっかりと地形図を確認しながら歩いたほうが賢明だ。

「……行きますか?」「……行きますか!!」。なんとなくお互い、心のなかで思っていることは理解しつつ、登山道へと足を踏み入れた。

ひとりであれば、晩秋の山で降る雨くらい「あのときに比べればこんなの降っていないも同然」などと「あのときよりは作戦」でどうにでもなり、雨に限らずとも多少のことではげんなりすることがないのだが、人を連れているとやはりその辺りが気にかかる。

イワナだったり、ライチョウだったり、なんらかの目に見える目標が先に待っているならまだ良いが、「晩秋の山って良いよ、いっしょに行こう」なんて漠然とした精神論のようなモノだけが頼みの綱とあっては余計に、だ。

黒法師岳へと続く登山道は、森林限界の標高が高い南アルプスらしい樹林帯が続く。

そんなことを考えながらしばらく歩いていたが、出だしの足元の悪さを乗り切ってしまえばそこは樹林帯のなか。雨の当たりも多少は和らぎ、景色や空気感を楽しむ余裕も出てくる。ふと足元を見れば、茶色い枯葉の絨毯の上に、赤や黄色の紅葉が彩りを添えている。そうそう、これですよ、これ。

きっと、メジャーなピークや、目に見える目標が先に待っていたら、気づかないかもしれない。目線を上げずとも、秋の紅葉も冬の枯葉も、一度に視界に入るこの感じ。まさにいま、季節が秋から冬へと移り変わろうとする瞬間を、自分の目で見ていられる幸せ。

ふと振り返ると、知彩都ちゃんは赤い紅葉を拾い集めたり、落ち葉でお面を作ったり、こちらの心配をよそに、楽しむことに忙しい。あぁ、心配が徒労に終わって良かった。これで僕も、心置きなく楽しめる……。

そう思うと途端に、いままで気づかなかった匂いにも気づけるようになった。雨の匂いに混ざって足元から漂う落ち葉の匂い。そこに樹林帯特有の木々の匂いや、どことなく冬の匂いも混ざりつつある。

話は逸れるが、「森の匂い」というのはご存知かと思う。木々が発するフィトンチッドであったり、そういったモノが正体であるわけだが、これらを総称した「テルペン」と呼ばれる物質は、じつは間接的に目で見ることができる。

遠くの山々を眺めたときに山が青みがかって見えるのは、空気による光の散乱が主な原因だが、このテルペンが核となり発生した細かい水滴が、太陽光の乱反射を助長し、青をより一層強調しているのだそうだ。

森の匂いが、遠くの山々の青さを強調している。そんな匂いを強く感じられる今日、このとき、ここを歩いていて良かった。雨は匂いを強調してくれる。雨の山もまた、悪くない。

しばらくふたりでそんなことを楽しみながら歩いていたが、目的地である黒法師岳の前衛峰、前黒法師岳が射程に入り始めるころには、足元から赤や黄色が少なくなり、茶色一色となっていた。秋と冬との境界線は、思ったより下まで来ているのかも知れない。

標高を上げていくと、途中から森は雪景色に。

ただ、黒法師岳への道のりを考えると、それでもなお標高を上げ続けるしかない。あまり酷くならないことを願いながら歩いていると、やがて足元には白いものが混じるようになっていた。冬の匂いがした辺りで予感はしていたが、思ったよりも雪が積もり始める標高が低いようだ。

白ガレの頭周辺は10㎝程度の積雪。そのため、やや標高を下げてビバーク。
白ガレの頭。ここからは見晴らしがいい場所も現れ始めるが、その分、風や雨、雪の影響を受けやすい。この日はここを境に積雪量が急に増え始めるような状況だった。

凍り始めた足元に気をつけながらも標高は1600mを越え、「白ガレの頭」に到着。ここまで来ると標高2000m付近の稜線も間近になり、先のようすがわかり始める。どうやら、雨だったものはこれより上の標高では、解けること無く固体のまま、強風に乗り稜線を白く染め続けているようだ。

キャンプ指定地ではないため文字通り緊急避難的なビバークとなった。

楽しそうに雪だるまを作る知彩都ちゃんを見ていると心がなごむが、これ以上標高をあげても、少なくとも今日は状況が良くなるとは思えない。白ガレの頭の直下、風を避けられる場所でビバークすることにした。

ダウンを着込み、温かいお茶で暖を取る。気付けば雨も止み、日没とともに強くなる冬の匂いを感じながら鍋を作る。思わぬところでビバークになってしまったが、これほど具体的に、実感を伴って「秋と冬の狭間にいる」と感じられる瞬間もそうないだろう。そんな山もまた、悪くない。

目線を上げずとも、秋の紅葉も、冬の枯葉も、一度に視界に入るこの感じ。

翌朝、テントのファスナーを開けると視界はオレンジ色に染まっていた。どうやら雪雲は抜けてくれたようだ。「天候的には行けそうだけど……」。そう思いながら撤収を完了し、再び標高を上げ始める。

目まぐるしく変わる天気の翌日は、普段よりも太陽のありがたみを感じる。

昨夜、夕方まで降り続いた雨が、「秋と冬の狭間」より上ではどうなっていたのか。それを確かめるためにも、前黒法師岳を目指すことにした。

こんな時期の装備は冬山仕様がちょうどいい。

一歩一歩進むたび、足下の白色が多くなり始める。たいして標高を上げたわけでもないのに、気付けば足元は一面の雪。もはやこうなってしまっては、下ばかり見ていてもしょうがない。

雪、樹皮、葉のコントラストに引き込まれる。

ふと顔をあげると、木々の間に、昨日は見えなかった遠くの山々を望める場所を発見した。そういえばまだ遠くの景色って見てなかったな。知彩都ちゃんを呼んで見に行ってみると、ちょうど僕たちがいる標高を境にして、世界は一変していた。

木々の間から見える景色は空気が澄んで綺麗。

「うわ!冬だよ冬!!」。なかば樹氷のようになった針葉樹から見える遠くの山々。目線より下はまだ赤や黄色が残っているが、それより上はもはや冬山であった。どうやら、黒法師岳までは行けそうにない。

ときおり現れる急斜面は積雪で足元が不安定。ショートロープで確保しながら先へと進んだ。

黒法師岳の山頂には「変わった形の一等三角点」があり、せっかくだから見せてあげたかったんだけど……。ここまで世界が変わってしまっては、それも叶わぬ願い。前衛峰である前黒法師岳の山頂でひとしきり雪遊びをしたあと、下界へと戻ることにした。

今回の折り返し地点、前黒法師岳。

待っていたのは、雨上がりの紅葉、美味しいそば、温かい人、温泉。

冬から秋へ。季節を遡るように標高を下げていくと、今度はさすがに冬山装備では暑くなってくる。
汗冷えしないよう、レイヤリングを調整しながら下山。冬はまた遥か彼方へと遠ざかっていった。

秋から冬へ、そしてまた秋へ。季節を逆行する形で下山した僕たちを出迎えてくれたのは、まだ綺麗な雨上がりの紅葉と美味しいそば、温かい人、そして温泉だった。

再びやってきた秋をしっかりと踏みしめる。

予定通りにはいかなかったけれど、隣で「楽しかったね」と語りかけてくる知彩都ちゃんを見ていると、結局これはこれで良かったのかなとさえ思えてくる。

木々の合間からは深南部の山々が。

「どこが楽しかった?」なんて野暮なことを聞くのは止めておこう。こんな山歩きもまた、悪くない。

登山口の茶屋では看板犬が出迎えてくれる。
人(と犬)の温かみを感じながら食べるそばは、冷えた体に染みわたり、とても美味しかった。お腹が満たされたら、そのまま温泉に入れるのもありがたい。

秋と冬の狭間へ。南アルプス深南部・前黒法師岳

アドバイス

前黒法師岳までは難所はないが、登山道がどこかわからないような踏み跡不明瞭な場所もあるので、迷いそうであればすぐに地図を確認するように気をつける。前黒法師岳の先、黒法師岳まではさらに道が不明瞭な場所が多いので、向かうのであれば登山経験豊富な人といっしょが望ましい。

アクセス

登山の拠点となるのは寸又峡温泉。観光地だけあり、最寄りの大井川鉄道千頭駅からは路線バスが出ているが、大井川鉄道を利用して千頭駅まで行くのもかなり時間が掛かるので、公共交通機関利用であれば前泊にするのが現実的。マイカー利用であれば寸又峡温泉の無料駐車場が利用できる。

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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