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写真家が行く。鳳凰三山ひとり旅

引っ越しの翌朝、窓を開けると西の山々が霞んで見えた。新調したバックパックにフィルムカメラを詰め込む。旅に出よう。新しい場所から、まだ見ぬ景色へ。

月と星を見上げ、ひとり孤独な夜をすごす。
君はこの美しい時間を知っているだろうか。

ひしぶりに、ひとりで山へ行く。友人たちと山に登る機会が増え、撮影の仕事ではいつも複数人。毎年歩いているヒマラヤのロングトレイルでも、ひとりの時間はあってもグループで旅をしているため、いつぶりのことになるのだろうか。最近はひとりの時間といえば、ランニング中か喫茶店にいるとき、それとも夢のなかくらいだった。

孤独を求めに行くのか、時間を得に行くのか、場所と出合いに行くのか。ひとりで山に入る背景にはロマンもあれば、やむを得ずなど、さまざまな理由があると思う。

僕の場合、行き先はどこでもよかった。山であれば。できることなら縦走したいし、テントで泊まりたい、ということで鳳凰三山へ行くことにした。昨年のいまごろは雪が少なく、健脚の友人と二山を日帰り、1泊2日のコースを駆け足で訪れたことがあった。今度は時間をかけて写真にしよう、山で泊まろう、オベリスクや反対側の登山口まで行ってみたいと思い立った。

山梨県の南アルプス北東部に位置する鳳凰山は、古来より信仰の対象とされてきた。由来に関しては歴史的に諸説あったようだが、今日では地蔵岳・観音岳・薬師岳の総称で鳳凰三山と呼ばれている。

今回は南から北へ、夜叉神峠登山口から入って2泊する。3つのピークを経て御座石温泉へ下山するコースを選んだ。

夜叉神峠への登りに雪はなく、日帰りだと思われる家族連れ数名とすれ違う。天気は太陽と雲が交差する気持ちのよい気温。鳥たちのさえずり。風で木々が揺れる音。まるで森が呼吸をしているようだ。

杖立峠のあたりから残雪がはじまりクランポンを装着。ここから先は雪が途切れることなく続いた。麓は春。標高を上げるごとに季節を遡り、冬の終わりの景色を感じながら歩く。稜線に近づくにつれて風の音が強くなった。

15時に幕営地の南御室小屋に到着。森のなかにあるような広く心地の良い場所だ。小屋のご主人に挨拶して雪上にスペースを探す。すでに20張ほどのカラフルなテントたち。今年から働くという小屋番の女性と、僕が以前小屋番をしていた飯豊山の話をする。

設営が落ち着き、さすがに疲れたのでほっとひと息。正真正銘の南アルプスのおいしい天然水で珈琲を湧かして黄昏れる。すると雪が降ってきて、止んでまた降っての美しい時間。標高2500m近いこの場所から、今朝出発してきた東京を想った。ひと組ほど遅くまでにぎやかなグループの会話を遠目にやりすごしながら、彼らもソロで山に行ったことがあるのだろうかと思う。きれいな月に、街の灯りと満点の星たち。寒くて美しい夜だった。

朝に起こされた。テントから感じる外の日差しが明るい。晴れている。朝食を簡単に済ませ、撤収と荷造り。はやる気持ちを抑えて稜線に向かう。今日はゆっくりと撮影に時間をかけるため、行程に余裕を持たせている。

樹林帯を抜けて進む。雪が多い。花崗岩の山肌、白く美しい雲上の庭園。ため息が漏れるほどに美しい稜線を進む。うっとりしながら写真を撮っていると、すれ違いざまに声をかけられた。つながりやご縁は不思議で、旅の出会いはうれしいものである。写真を撮らせてもらい、握手をしてそれぞれの旅の安全を願った。

数年前に歩いた対岸の白峰三山で、遭難したおばあさんを救ったことがきっかけで仲良くなった、北海道の友人やその旅のことを思い出した。そのときそのときの山旅がある。そして同じ場所でも違った表情や変化、出会いがあるなと思った。

地蔵岳付近では、ここがかつて信仰の場所であったという名残を濃厚に感じる。オベリスクと呼ばれる奇岩に、子宝を願い多くの地蔵尊が置かれている賽の河原。地蔵と賽銭、その先には白峰三山が拝まれている赤抜沢ノ頭がある。

ひとつの山の頂からほかの山々を崇める感覚。地蔵岳や観音岳のみならず、その先にある大きな存在に〝神〞を見出し、信仰し、ここまでやってきた古の行者たちの時代を追想する。

森、獣、人間の営み……。
写真家はひとり、山旅の先にある物語を想う。

僕はといえば、鳳凰山から望む白峰三山の先に、過去の旅やヒマラヤ山脈を思い出していた。ヒマラヤでは日本の山のことを想いながら歩いた。それぞれにその先のまなざしがあるのだ。地蔵岳から下って鳳凰小屋へ。深夜にひと筋の流れ星を見た。きっといい旅の終わりを迎えられる気がした。

最終日は下山のみ。天気は下り坂。青木鉱泉へのドンドコ沢コースは急峻で、まだ雪が深そうということもあり御座石温泉を目指す。途中、雨が降った。合間の日が射した瞬間、樹林帯の光が美しくシャッターを切る。森に感じる気配。

ゴール目前、カモシカに出合った。不思議な感覚。怖がることも恐れることもなく、ただただ僕を見ていた。僕もそのまなざしを見つめ返す。やがてお尻を向けて、呑気に若葉の新芽を頬張っていた。ここは動物たちのすみか。彼らの場所にいるということを意識する間だった。僕らのいる場所と同時代的に共存しているのだ。

正午前に無事下山。季節運行のバスがある御座石温泉は春の陽気で大山桜が綺麗に咲いていた。

東京の自宅に戻った夕刻、西の空に、鳳凰三山で見た景色、森や動物たちのことを想った。目の前の大きな木々が風で揺れていた。僕にとっての山は被写体で、そこにある存在に出合い、気づくことかもしれない。そして、ひとりで山に入るということは、現在地を顧みること、近くの自然に気づくこと、その先にあるものを想像することなのだ。

旅が終わり、次の旅がはじまる。

飯坂 大

写真家。山と暮らしを主なテーマとし、さまざまな分野で活動する。2014年、ネパールの辺境地域の魅力を紹介するGHTプロジェクトを仲間と立ち上げ、グレートヒマラヤトレイルを毎年踏査、イベントも全国各地で行なっている。

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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