筆とまなざし#173「カタクリの花を描きながら、今年の春の静けさを思う」
成瀬洋平
- 2020年04月11日
人々が沈黙する『沈黙の春』。人間の脆弱さ、野生の力強さをカタクリに思う。
家の裏山にカタクリの花が咲いていました。いつの間に大きく花をつけていたのでしょう。一年の大半を地中ですごし、春先に花を咲かせる「スプリングエフェメラル」の代表的な花のひとつ。儚い紫色と華奢な容姿が特徴です。一般的に市販されている「片栗粉」の原料は馬鈴薯ですが、もとはカタクリを原料にして作られたものです。
カタクリの絵を描きながら、今年の春の静けさを思います。新型コロナウィルスの影響で生活が大きく変わりました。それは登山にも影響を及ぼし始め、今年は期間を見ながら営業を見合わせる山小屋も多いといいます。ぼくのクライミング講習会も、遠方から公共交通機関でお越しいただくはずだったものは中止にせざるを得ませんでした。安全マージンを確保した上でのクライミング講習会。クライミング自体のリスクは排除できるものの、新型コロナウィルスに関してはリスクをコントロールしきれません。4月のガイディング、講習会を中止にしたガイドやインストラクターも多いようです。
レイチェル・カーソンの代表作『沈黙の春』はDDTなどの化学薬品が自然界に及ぼす危険性に警笛を鳴らした一冊です。大学生の時に格闘したこの本は、結局最後まで読みきることができませんでした。とにかく、淡々とした文章が永遠に続くがごとく、読了する忍耐力が足りなかったのです。多分、そういう読者はぼくだけではないはず……。科学薬品の影響で鳥たちが鳴かなくなった春を『沈黙の春』と表現したレイチェル・カーソン。今年の春はそれとは少し違い(しかし根本では同じ気がする)、沈黙しているのは人間です。異常気象の次は得体の知れないウィルス。それはこれまで人間が好き勝手やってきたことに対する自然から試練なのでしょうか。逞しく花を咲かせるカタクリ。野生の力強さ、そして人間の脆弱さ。同時に、人間社会の豊さに思いを巡らせ、なんとかこの危機を乗り越えなくてはいけません。
暖かい日が多くなり、近くの桜も満開を迎えました。自然は人間社会の憂いなど意に返さぬように、土手ではつくしが顔を出し、アトリエ小屋の周りではスミレが咲き始めています。
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