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近代登山の発展とともに変わり続ける登山靴の変遷

軽量化・高機能化など、登山用品の進化はとどまるところを知らない。そのなかでも進化の度合いが高いのが登山靴だ。近代登山の歴史と並行して、登山靴の変遷を代表的なモデルとともに紹介する。

登山靴の変遷から登山の歴史が見える

いつからが日本の近代登山か、を厳密に決めるのは難しいが、とりあえず日本に来た外国人が日本の山を登り始めたころ、ということにして登山の歴史と時代ごとの主な登山靴を並べた。

そもそも、スポーツや趣味としての登山が始まる前、日本の山の主人公は猟師たちだった。彼らは文字通り道なき道を進み獲物を獲っていたわけで、いまでも残る「長次郎谷」などの地名は当時の猟師に由来する。彼らが履いていたのは地下足袋や草鞋で、冬になれば藁沓を履いたり輪かんじきやカナカンジキを利用した。

その後ヨーロッパ式登山が日本に入ってくると、登山靴も一挙にヨーロッパ式のものになっていく。上の鋲底靴は1950年頃使われていたものだが、ゴムのソールに取って代わられ、現在も目にする革製の登山靴が主流になる。

そしてそのオーソドックスな登山靴とは別に、純国産で爆発的に売れたのがキャラバンシューズだ。名前のごとく、元はキャラバン(ヒマラヤ遠征などでベースキャンプまで荷物を運ぶこと)のために開発された靴だったが、価格と軽さが受け、学校の集団登山などでも盛んに利用された。形を見ても、まさに日本版トレッキングブーツの原型、とも呼べるものだ。

当時メインだった革の登山靴は、足になじむという利点はあったものの、保革油を塗るなどのメンテナンスは欠かせず、冬はシュラフに入れておかないと凍って鉄のようになってしまう、という欠点もあった。

そこで主に冬や高所目的で登場したのがプラスチックの二重靴だった。プラスチックなのでメンテナンスフリーで防水は完璧、インナーはテント内でも履けるという便利な靴だった。

しかし、完全防水のため蒸れやすいのと、時間がたつと加水分解を起こし突然割れることがあると判明し(冬山で突然割れるのはあまりにリスクが高い)、あまり目にしなくなった。

一方、通常の登山靴にも素材や技術革新でさまざまなバリエーションが生まれた。下の写真にあるようなゴアテックス内蔵ブーツはオールレザーの登山靴に取って代わり、荷物の軽量化に伴い、もっと軽いトレッキングブーツで十分、という人も増えてきている。

極端な話、トレッキングブーツと冬山用のブーツ2足あれば、年間を通しての登山では困らない、という状況にあるのかもしれない。

またさらに新しいスタイルとしては、他のページでも触れたようにテント泊の縦走でもローカットシューズを選ぶ人も増えている。

さらにここでは触れていないが、裸足感覚を大事にしてサンダルに近いものもある。また冬や高所登山用では、ゲイターが一体となったものも出てきた。

いまからさらに10年後、登山靴は一体どうなっているのか? 期待しながら見続けていきたい。

登山靴の変遷

1850’s~

草鞋

素足で、または地下足袋の上に履いた。濡れた場所でのフリクションは抜群で、いまでも沢登りで愛用する登山者は少なくない。

地下足袋

山だけでなく、農作業などでももっぱら使われた。軽快な足さばきとフリクションの高さから、鳶職の人はいまでも使い続けている。

1900’s~

鋲底靴

フリクションと耐摩耗性を高めるため、靴底に鉄の鋲が埋め込まれている。性能はともかく、履いたときの重さは半端なものではない。

革製重登山靴

オーソドックスな登山靴の最終型、といっていい。使うほど足に合う、ソールの張替えができるなどの理由でいまでも安定した人気を誇る。

輪かんじき

いわば日本製のスノーシュー。傾斜の厳しい斜面に合わせ、洋物より小型。バンドがナイロンになり、現在でもラッセルで使われている。

カナカンジキ

こちらはいわば和製クランポン。鍛冶職人が鍬や鋤などの農具と共に作った。そのため昔ながらの鍛造なのがなんとも渋い。

1950’s~

キャラバンシューズ

国民的登山靴と言える存在。手に入れやすい価格と使いやすさで一世を風靡した。ある年齢以上の登山者は必ず履いたことがあるはず。

クレッターシューズ

主に岩登り用として使用されることが多いシューズ。一般的にソールはラバーだが、写真のようにフェルトを用いたものもあった。

1990’s〜

プラスチックブーツ

蒸れが気にならない冬期に使われた二重靴。写真は日大エベレスト隊が使用した特注品で、インナーにフェルトを使い防寒性を高めた。

オーバーシューズ

厳密にはオーバーシューズとは少し違うが、膝下までのロングゲイターが一体になったもの。マッターホルン登攀用に作られた特注品。

2000’s〜

ゴアテックス内蔵ブーツ

革や合皮のアッパーにゴアテックスを内蔵したもので、現在では革の登山靴と並んで登山靴のメインストリームを占めている。

トレッキングブーツ

「登山靴みたいな重い靴はちょっと」という人向けに人気の高いシューズ。ゴアテックスを内蔵したものなどバリエーションも豊富。

ゲイター一体型高所用ブーツ

最新の高所用ブーツ。ゲイターを着脱する手間が省け、インナーはテントシューズとしても使用できるなど高所利用のメリットが多い。

軽量ローカットシューズ

トレラン愛好者が増え、最近人気急上昇中のシューズ。走れるものからトレッキングシューズ寄りのものまで、バリエーションが豊富。

登山の歴史

1888年 ウェストンが初来日
1894年 日清戦争始まる(〜1895)
1902年 青森連隊が八甲田山雪中行軍で遭難し約200名が死亡
1902年 小島烏水、岡野金次郎が槍ヶ岳に登頂
1905年 日本山岳会創立
1906年 白馬岳に山小屋が開業(日本初の営業小屋)
1907年 陸地測量部が剱岳に登頂。山頂で錫杖の頭を発見
1913年 ウェストンが上條嘉門次の案内で槍ヶ岳の北鎌尾根上部を登攀
1914年 第一次世界大戦に日本が参戦する(〜1918)
1920年 槍ヶ岳の東鎌尾根に喜作新道が開通する
1921年 槇有恒がアイガー東山稜を初登攀する
1923年 関東大震災が起きる
1924年 マロリーとアーヴィンがエベレストで遭難する
1930年 『山と溪谷』が創刊される
1936年 加藤文太郎が北鎌尾根で遭難し死亡する
1941年 太平洋戦争が始まる(〜1945)
1947年 『岳人』が創刊される
1949年 松濤明が北鎌尾根で遭難する
1953年 イギリス隊がエベレストに初登頂する
1955年 ナイロンザイル事件が起こる(井上靖『氷壁』のモデル)
1956年 日本山岳会の隊がマナスルに初登頂する
1956年頃 第1次登山ブームが始まる
1967年 日本山岳会の隊がエベレスト登頂に成功する
1970年 山学同志会の小西政継たちがマッターホルン北壁を冬期登攀
1970年 植村直己がマッキンリーに登頂し、世界初の5大陸最高峰登頂者になる
1975年 田部井淳子が女性として初めてエベレストに登頂する
1977年 長谷川恒男がマッターホルン北壁を冬季単独登攀
1982年 加藤保男がエベレストに冬期登頂するが、登頂後に遭難する
1986年 ラインホルト・メスナーがローツェに登頂し、8000m峰14座の登頂に成功する
1990年頃 第2次登山ブームが始まる。中高年が中心
1998年 平山ユージが日本人で初めてフリークライミングのワールドカップで総合優勝
1999年 野口健がエベレストに登頂し、当時世界最年少で7大陸最高峰を完登する
2002年 トランスジャパンアルプスレースが始まる。
2009年 『PEAKS』が創刊される
2009年頃 第3次登山ブーム始まる。「山ガール」という言葉が注目される
2012年 竹内洋岳がダウラギリを登頂し、日本人初の8000m14座登頂者になる
2013年 三浦雄一郎が80歳でエベレストに登頂。世界最高年齢
2016年 8月11日が山の日に指定され祝日になる

出典

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PROFILE

PEAKS 編集部

PEAKS 編集部

装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

PEAKS 編集部の記事一覧

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