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だれもいない北アルプス・冬の上高地〜蝶ヶ岳 | 高橋庄太郎

シーズン中は130万人の観光客と登山者が訪れる北アルプス上高地。だが冬に足を踏み入れる人はごくわずかだ。雪で覆われた歩道についているのは動物の足跡のみ。山小屋などの宿の扉は、すべて遠い春まで固く閉められたままである。

12月後半のある日、僕はそんな上高地に入った。目指すは、穂高連峰・槍ヶ岳の展望地、標高2,677mの蝶ヶ岳だ。

編集◉PEAKS編集部
文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi

写真◉加戸昭太郎 Photo by Shotaro Kato
出典◉PEAKS 2016年2月号 No.75

Winter Solo Trekking in Northern Alps

▲蝶ヶ岳の山頂の目の前には、穂高連峰、涸沢カール、大キレット、そして槍ヶ岳という山好き憧れの場所が一同に展開。絶景というしかない。

釜トンネルを「歩いて」抜ける。この体験が、上高地をいつも以上に外界から隔離された聖地であると感じさせる……。
そこから先はマイカー規制が行なわれ、一般車道と上高地とを隔てる釜トンネル。シーズン中はバスやタクシーで通過できるが、冬場は自分の足だけが入山手段だ。

昨年12月後半の平日、僕は釜トンネルから上高地へ入った。工事車両はときどき走っているが、僕以外に歩いている人はいない。

▲上高地への入口となる1,310mの釜トンネルを抜け、大正池へと続く車道を行く。僕の頭にヘッドライトがついているのは、真っ暗なトンネル内を歩いてきたからだ。

大正池を経由し、河童橋を越える。うっすらと積もった雪の上に人間の足跡は一切ない。やはりこの日に入山した登山者は僕のみだ。

ここから先、夏はあれだけ混み合う上高地は僕の独占。なんという贅沢なことだろう!
小梨平にテントを張り、ベースキャンプとする。明日は朝から蝶ヶ岳へ往復だ。降り続いていた雪はすでにやみ、好天が期待できる。

▲今回のベースキャンプ地は、小梨平。クッカーから立ちあがる真っ白な湯気に顔をなでられながら、豚肉やホタテを入れた鍋を食う。気温は-10℃程度と意外に暖かい。

口の中が焼けるほどに熱いモツ鍋を腹に収めると、僕は鳥の声さえ聞こえない静かな夜を過ごす。
分厚い寝袋の口の周りは、時間とともに呼気で凍りついていった。

日の出とともに行動を開始し、蝶ヶ岳へ向かう。天気は上々。穂高連峰や槍ヶ岳の絶好の展望地として名高いその山頂は、僕をきっと感動させてくれるはずだ。

▲徳沢から長塀尾根を使い、標高差1,100mにもなる蝶ヶ岳へと歩を進める。僕以外の足跡はなく、笹の上には前日に降った雪。体が触れるたびにサラサラと落ちていく。

これまでに何十回と歩いた小梨平から徳沢までの平坦な道。僕はすでに飽きてしまい、いつもならば走るように通過する場所である。

だが冬は違う。真っ白なカーペットのような雪の上にはかわいらしい大小の動物の足跡が残り、見慣れたはずの明神岳は雪をまとって夏以上の迫力があり、なにかと新鮮な気持ちにさせられる。こんな上高地の姿を見られるとは、雪山登山者だけの特権である。

▲標高2,500mほどまで登ると周囲を覆い尽くしていた樹林帯を抜け出し、やっと視界が開けてくる。見失いそうになるルートをなんとかたどれば、山頂までもうすぐ。

徳沢から蝶ヶ岳山頂までは、標高差1100m以上の登りの連続だ。なかなか雪が降らないこの冬、上高地の積雪はわずか5㎝ほどだったが、笹が生い茂る斜面を進み、凍てついた木々のあいだを抜けていくと、雪は次第に増していく。

10㎝、20㎝、30㎝……。もはやアイゼンなしでは歩けないほどだが、その反面、やっと本格的な雪山らしくなったと喜びが湧き上がる。

▲蝶ヶ岳山頂直下の雪原。雪は50㎝以上もあったが硬く締まり、持参してきたワカンを使う必要はなかった。背後には乗鞍岳が大きく見える。

長塀尾根から登る蝶ヶ岳は山頂直下まで樹林帯が続き、森林限界を超える部分はごく短距離だ。しかも傾斜は緩く、今回は間違いなく積雪量も少ない。何度も通ったことがある登山道でもある。

僕はアイスアックスを持参する必要がないと判断し、トレッキングポールのみで行動していた。むしろ両手に体重を分散できたほうが、この長い登り道を可能な限りラクに進むには好都合なのであった。

▲稜線の東側には真っ白な雲海、僕の奥には常念岳。僕は一昨年の11月にその常念岳へ登ったが、積雪量はもっと多かった。この冬は12月になっても本当に雪が少ない。

樹林帯が終わり、突然のようにハイマツ帯に変わる。とはいえ大半のハイマツは雪の中に没し、その気になればどこを歩いても山頂まで行けそうだ。だがやはり適切なルートを見定めないと、ハイマツの下の空洞に足を取られ、雪中に太ももまで捕らわれる。

バックパックの中に収納しておいたワカンを取り出そうかとも考えるが、そのうちに完全に締まった雪面を見つけ出し、大した困難もないままに山頂に到着した。

▲槍ヶ岳山頂の右に北鎌尾根、左に丸みを帯びた大喰岳、真下から右に表銀座コースである東鎌尾根。雪をかぶるだけで、夏とは印象が変わる。

雲ひとつない青空。純白の美しいドレスを身にまとった穂高、槍、常念の山々。真っ黒なサングラス越しにでも伝わってくる「どうだ!」といわんばかりの大迫力に、ズキンと心が鋭く貫かれる。一生忘れることができない、特別な記憶が生まれた瞬間だ。

稜線の雪は強い風で吹き飛ばされ、強烈な日光で溶けている。その結果、はるか下の上高地よりも積雪が少ないのがおもしろい。
僕はそんな蝶ヶ岳の山頂に長居し過ぎた。あとは来た道を戻るだけとはいえ、再び上高地を歩くときは夕暮れになるだろう。そろそろ急がねばならない。

足元の雪を口に放り込み、その冷たさをじっくり味わう。そして僕は下山への一歩を踏み出した。

 

雪中テント泊で2泊3日。上高地からの蝶ヶ岳往復

天気と積雪量を判断しつつ、真冬の稜線へ。真っ白な雪の上に自分だけの足跡をつけ、苦労して登ったその先にあるのは、この時期ならではの絶景だ。

 

シーズン外になると、工事の作業車などの一部を除き、自分で歩かねば釜トンネルの先の上高地には立ち入れない。今回は釜トンネルから徒歩2時間ほどの小梨平キャンプ場に連泊し、蝶ヶ岳に往復するというベースキャンプ型登山の計画だが、実際には日が短い冬場に小梨平から往復するのはなかなか難しい。

積雪量が多い場合はなおさらである。初日のうちに徳沢まで進み、そこから往復するほうが時間に余裕が生まれて安全度が上がる。

①釜トンネルを歩いて通過。ヘッドライトが必要だ。

②大正池近くの木立の中。車道も雪で覆われている。

③上高地の象徴、河童橋にもだれも人はいない。

④小梨平キャンプ場も僕だけの貸し切り状態。

⑤梓川の向こうには岳沢と穂高連峰。

⑥上高地の遊歩道を進む僕の隣には、ウサギの足跡がどこまでも延びていた。

⑦雲が切れ、堂々たる明神岳が姿を現す。

⑧いつもなら大賑わいの明神。冬はこんなにもひっそりとしている。

⑨明神から徳沢へ。この時期の梓川は、夏よりも広々として見える。

⑩長塀尾根に取り付き、木段のように伸びる木の根の上を1歩1歩進む。

⑪歩いているうちに体温が上がり、ハードシェルを脱いでソフトシェルのみに。太陽が当たる暖かな場所で休憩する。

⑫雪で白く化粧された樹林帯。ときどき頭上から雪が降り注いでくる。

⑬標高を上げると積雪量が増える。歩きやすさを考えて、クランポンを取り付けた。

⑭周囲を樹木で覆われた長塀山の山頂。道標を兼ねた山頂碑は雪に埋もれつつあった。

⑮長塀山の少し先で、やっと視界が開ける。しかしこのあと、蝶ヶ岳山頂直下までは再び深い森の中だ。

⑯ついに樹林帯を脱し、森林限界の上に。一気に風が強くなる。雪に覆われたハイマツの中にルートを探し、山頂へと進んでいった。

⑰標高2,677mの蝶ヶ岳山頂。360度見渡す限りの大眺望のなかに、穂高連峰、槍ヶ岳、常念岳、焼岳、乗鞍岳などの名峰がずらりと並んでいた。

⑱登りとはルートをわずかに変え、新雪の上にトレースをつけながら下山を開始。

⑲自分でつけてきた足跡をたどればよいので、下山はラク。スピードも上がった。

⑳木々から落ちてきた雪が、僕のバックパックの上に降り積もる。

㉑夕暮れが近付く明神の付近。最後にはとうとうヘッドライトを点灯させて歩いた。

㉒テントを張っていたのは、岳沢をバックにした絶好のロケーション。2泊目の小梨平キャンプ場にも他の登山者は一切いなかった。

㉓2泊3日で計4回の朝メシと夕メシは、すべて鍋。ただし、朝メシには麺、夕メシにはご飯を最後に入れた。

㉔上高地バスターミナルは、もはやただの雪原。再び釜トンネルへ向かい、上高地に別れを告げた。

㉕今年7月から通行開始となる上高地トンネルが現在建設中。夏以降は釜トンネルと上高地トンネルのふたつを通過して入山することになり、上高地に新しい歴史が加わる。

山岳ライター/高橋庄太郎

北アルプスの登山道は、ほぼすべて踏破。季節を問わず山に通い、テント泊の山旅を愛する。著書に『北アルプステントを背中に山の旅へ』(小社刊)など。

 

※この記事はPEAKS[2016年2月号 No.75]]からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。
※2015-2016年当時の情報です。登山の際は最新の情報をお確かめください。

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