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引きこもり系近未来登山 バーチャルアルプス2056

いまから36年後の近未来。登山は限りなくバーチャルの世界になっていた。リアルに登れるのは限られた者のみというディストピア……。こんな未来はイヤだなあ妄想。

文◉櫻井 卓 Text by Takashi Sakurai
イラスト◉高橋未来 Illustration by Miki Takahashi
出典◉PEAKS 2020年6月号 No.127

引きこもり系近未来登山

2056年8月11日。タブレットの端末には今日の日付が映し出されていた。そっか、最近忙しすぎてうっかりしていた。今日は山の日だった。そして山が大好きだった爺ちゃんの命日でもある。

さっそく山岳VR(バーチャルリアリティ)ソフト「PEAKS」を立ち上げる。自転車やロードランのVRは大昔からあったし、いまではプロの大会がVR上で開かれることもめずらしくない。だけど登山用のものは永らく開発が難航していた。不整地で、なおかつかなりの高低差。そしてそのフィールドの広大さを再現するのが技術上とても難しかったのだ。

それを可能にしたのが最新型のトレッドミル、ATT(オールテレーントレッドミル)だ。要するにランニングマシンの山バージョン。歩行面がウネウネと自在に変化するから、登山道の凹凸や斜度もかなり忠実に再現できるのだ。

電気的に脳を刺激するヘルメットを被れば、寝たままプレイすることも可能だけど、終わった後に頭がややボーッとする。だから僕は実際に体を動かすトレッドミル式と、風や匂いが感じられるVR感覚ヘルメットの組み合わせのほうが好みだ。なにより運動で汗をかくのって気持ちいいしね。

このソフトのおもしろいところは環境負荷価値等級(通称エコロジーポイント、略してエコポ)というシステムを取り入れているところ。リアルワールドで環境に良いことをするとポイントが加算され、ウエアやシューズ、行ける山の選択肢などが増えていく。

環境に良いこと、と言葉で言うのは簡単だけど、実際にやるのはなかなか難しい。道に落ちているゴミを拾って1ポイント。コンポストで生ゴミを処理して5ポイント、という具合。逆に電気の使いすぎや、公共交通機関以外の移動手段を使った場合には容赦なくポイントが減らされる。

つい先日、前からずっとほしかった南アルプスにアクセスするためのパスをようやくゲットできた。このパスのために、ほしかったウエアも我慢したし、積極的に環境ボランティアにも参加した。いつかは北アルプスに行きたいけど、そのパスは7000エコポ必要だから、いまの環境生活レベルでは、あと数年はかかる計算になる。神レベルになると海外の山なんかも歩けるようになるらしいけど、いつになることやら。

今回選んだのは2020年の夏の南アルプス。爺ちゃんが若いころによくリアルワールドで行っていた時代だ。爺ちゃんは夕陽に照らされた甲斐駒ヶ岳より美しいものはないってよく言っていた。

メニューを起動して当時のようすを呼び出す。林道バスからの景色もすばらしそうなのだけど、今日はあまり時間がないから、一気にワープして、こもれび山荘スタートに設定する。

フィールドデータのダウンロード待ちをしているとフレンドのサブローからメッセージが届いた。こいつは山に出会いを求めるタイプで、そういう拡張アプリを多数入れているナンパなやつ。今日はマッチングした女の子と中央アルプスに行くという。3大アルプスのなかでも、北とか南じゃなくて、中央アルプスのパスを真っ先にゲットするあたり、初心者とデート登山ばかりしているアイツらしい。

ちなみに2020年ごろのこもれび山荘の小屋主は爺ちゃんの友達だ。一見無愛想だけど、この山域の知識は当然ながら超豊富。VR上に再現された彼から登山道や天気の情報を得て、ダウンロードする。今日は1日晴れ。雨天で煙る山の感じも嫌いじゃないけど、初めての山域はやはりクリアなほうが嬉しい。

靴紐を結び直して、転倒時に安全を確保するためのハーネスをトレッドミルと連結させる。5㎏に設定したハイドレーション機能付き負荷パックを背負ったら、いよいよ登山開始だ。初めてのフィールドは、ちょっとした緊張とワクワクのブレンド感がある。じつは頂上までワープできる機能もあるんだけど、そんなのは写真撮影だけが目当ての、絶景マニアたちの悪趣味なやり方だと僕は思う。

途中で見たことのない花があったので、端末でチェックしてみる。白く儚げなこの花はギンリョウソウというらしい。これで一定数の花のコレクションがたまったから環境ポイントに交換できるはずだ。

仙水峠からの甲斐駒ヶ岳を眺めていたら、この感動を分け合えるパートナーがほしくなった。環境ポイントを使って、可愛い女の子でも呼び出してみようかとも思ったけど、ポイント残高がなかなか厳しいし、いまは行きたい山域のために我慢してでも、エコポを貯める時期。まあたまにはソロもいいだろう。湧き上がる雲の間で見え隠れを繰り返す甲斐駒ヶ岳。白く輝くその姿はなんとも勇ましい。あそこまで行くのか。

道中にはチラホラ登山者の姿が見えるけれど、サーバーごとに分散されているから混雑とは無縁だ。なんだったらオフラインにしてしまえば、山全体を独り占めすることだってできる。でも僕にとってはこうした登山者たちとのチャットも楽しみのひとつだ。山の情報を共有できるし、年配の登山者からはリアル登山の話も聞ける。

駒津峰でひと休みして、いったんオフラインにしてから、ハイドレーションで水分補給をする。ここから先は直登ルートと巻き道ルートに分岐するんだけど、以前のバージョンでは巻き道しかチョイスできなかったらしい。最近のアップデートでついに直登ルートも解禁されたので、今回は迷いなく直登ルートを選ぶ。このために筋トレだってしてきたのだ。

白い花崗岩をときには手も使ってよじ登る。予想以上にキツい。心が折れそうになって、ワープもありかな……なんて思っていたら、目の前になにやらモサモサした物体が。あっ、雷鳥じゃん! 急いで写真に収めると「レア度数75エコポ」の文字。おー、かなりのポイント稼げたぞ、こりゃ。

雷鳥ゲットで元気を取り戻し、息を整えつつ再び登り始めると、山頂は唐突にあらわれた。うひゃー、なんだこの風景は。鳳凰三山の向こうには富士山が見えるし、グルッと体を回していけば、北岳、間ノ岳、仙丈ヶ岳の雄姿。遥か彼方には金峰山などの姿もうっすらと見える。アプリを使えば、視界上に山名を表示することもできるんだけど、僕は地図を使った昔ながらの同定が好きだ。次に狙うは仙丈ヶ岳。もしくは黒戸尾根側から甲斐駒ヶ岳に来るのも良いかもしれない。他にも鳳凰三山、北岳など、南アルプスは渋いけれど良い山がたくさんある。がんばってパスをゲットした甲斐があったってもんだ。ほかにも行きたい山域はいくらでもある。「登山は飽きの来ない一生モノの趣味」というのは爺ちゃんの受け売りだけど、まったくその通りだと思う。

ひと通り景色を楽しんだら、爺ちゃんの写真を頂上付近にタグ付けして手を合わせる。その後、これまでにここを訪れた人たちのタグをチェックしていく。仮想空間に置かれたメッセージボードだ。「感動しました!」「苦労した甲斐があった」などのありふれたものから、「これにて南アルプス全山制覇!」なんて猛者のタグがあったり、「僕たち結婚します!」という写真付きのものも。そんななかでもっとも多いのが、リアルで来てみたいという書き込みだ。

山の環境が急激に悪化したせいで、登山が完全抽選制になってもう15年。僕がリアルに行ったことがある山は小さいころに親に連れられていった丹沢だけだ。

抽選に当たった先輩から聞くところによると、テントなど生活用具一式を背負いながら山を旅するのはバーチャルとは次元の違う充実度だという。リアルワールドでは、データ的サポートは最小限だから、道迷いなどのリスクはもちろんあるんだけど、自分の経験と体力で乗り越えていくのは、確実にスペシャルな体験になると自慢げに話していた。そして山で食べるご飯のうまさたるや……。僕もいつかはそんな体験をしてみたい。だから今年もいろんな山にリアル登山の応募をする予定だ。でもそれにはもっと環境ポイントを集めないといけない。明日は光合成式発電プラントで、培養プールの掃除のボランティアでもするか。

ああ、リアルな山に行きたい。

妄想登山家/櫻井 卓

本誌連載「妄想デート山行」を担当しているうちに妄想登山のベテランに。最近の悩みはリアルで行った山よりも、妄想で行った山のほうが多いこと。自粛中はSF読書三昧。

出典

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

PEAKS 編集部の記事一覧

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