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抜き足、差し足、大キレット・後編|槍ヶ岳を眺める……余裕は一体どこへ?

一般登山道中の最難関とも言われる槍ヶ岳〜北穂高岳〜奥穂高岳と続く岩稜帯。そんな大キレットから槍ヶ岳を眺めることを目的とした旅の後編をお送りする。

>>>前編はこちら

抜き足、差し足、大キレット・前編|槍ヶ岳を眺める……余裕は一体どこへ?

抜き足、差し足、大キレット・前編|槍ヶ岳を眺める……余裕は一体どこへ?

2021年08月30日

文◉麻生弘毅 Text by Koki Aso
写真◉宇佐美博之 Photo by Hiroyuki Usami
取材期間:2019年9月19日~ 21日
出典◉PEAKS 2020年7月号 No.128

なあ知ってる? 加藤文太郎がここを歩いたのは、92年前の5月だって……。

いますぐ家に帰り、息子と風呂に入りたい……そう心の底から願った、長谷川ピークの下り。

心を無にして進んでゆく。依然、疲れはまったく感じなかった。比較的傾斜の緩い岩稜を登ってゆくと、そこが長谷川ピーク。いささか拍子抜けしていると、撮影を担当する写真家の宇佐美博之が、レンズを変えます、くらいの軽~い調子でひと言。

「2年前にここを歩いたとき、この先の下りで前を歩いていた女性が突然落ちたんですよ~」

幸い、女性は長野側のブッシュに引っかかって事なきを得たそうだが、残り少ないわたくしの闘争心は飛騨側に墜落。抜け殻のような魂を引きずり、長谷川ピークを下ってゆく。個人的な核心部はここの薄いリッジだった。すっぱり切れ落ちた地獄の底……見なくてもよいものを見たくなるのはどういう心理からか。振り絞るように全身全霊を注ぎ、消え入らんとする意識から繰り出す必死の千鳥足でなんとか通過。安全地帯で足を止め、後続の宮上を見守る。さすがのヤツもここでは真顔になるだろう……。ところが宮上は、宇佐美を振り返りつつ、なにやらおしゃべりを楽しみながら核心部を通過。そうして呆気にとられたわたくしに向かっておっしゃった。

「下山したら、焼き肉ってことでいいっスか~」

「大キレット」の名が付けられた時期は不明だとか。加藤文太郎は昭和8年の3月にも上高地~槍~北穂~奥穂~上高地~乗鞍を10日で歩いている。

その昔、シエラネバダ山中で、軽装なアメリカ人ハイカーと出会った。50ℓほどのバックパックで2週間の旅の最中だというハリー・ポッター風は、事もなげにこう言ったものだ。

「旅の間の食事はクラッカーとナッツだけ。温かいコーヒーは町に下りてから飲むことにするよ」

2週間、温かいものを飲まずに乾きものだけ!? ぼくらは毎日米を炊き、酒を飲み……結果として40㎏に迫る重量に朦朧としていた。そんなぼくらに比べ、粗食に耐える彼は生物的に明らかな強者であろう。しかし、それは人間とティラノサウルスを比べるような愚挙であり、次元が違うっつうか、ほんと大丈夫? さてはオメー、どっか足りないんじゃねえの――そんな感慨を受けたことを、目の前のニコニコ顔を見て、まざまざと思い出していた。

北穂の小屋に着いたのは、午後2時前、結果として雨も降らず、想定していたよりも順調に大キレットを歩き通すことができた。たしかに危険な箇所、落ちたらおしまいという場所はあったが、できうる限りの整備は行き届いており、ありがたい配慮がなされていた。前日の、2日前の、ここ数週間にわたる、キリキリと込み上げるような恐怖こそがいちばんの難所であり、終わってみれば意外と呆気ない……そう感じたのも、混じりけのない事実だった。

いっちょ前に述べながら、コーヒーを淹れる宮上。いいから酒をよこせ!

終わってみると、けっこう楽しかったり……。なんちゃって。

陽のあたる、暖かい北穂高小屋のテラスでぐいぐいとビールを飲みながら、宮上が言う。

「滝谷を登るクライマーが見えましたよね。歩きながらずっと考えてたんスよ。なんであんなことをするんだろう、って」

ここ数年、気心の知れた仲間とともに、ブナの森を漂い、渓でイワナを釣り、火を焚いて酒を飲む――そんな山旅を繰り返していた。無論、沢登りには血の気も凍るトラバースなどもあるが、ぼくはのびのびと旅を楽しみ、深夜に増水したとて酒瓶を枕に眠りこけるであろうほど、心を解放している。だけど渓の旅に出会う前は、たとえ小屋泊まりであっても、緊張感から一睡もできず、蛇口から水滴が垂れる音を、一晩中、まんじりともせずに浴びていたのだ。そう、今回の旅のように。

ツエルトを使うなど、可能な限り軽くしたつもりだけど、夜は飲むと決めているの……。
雷鳥がゲコゲコ泣く北穂の夜。夜半からしっかり降ったものの、気にせずZzz。

ぼくが山を歩くのは、旅をせねばと追い立てられるように感じるのは、生き物としてのチューニングを保とうとする――そんな潜在意識に理由があるのではと思っている。暴風雨のアラスカで半狂乱になりパドルを振り回していたあのとき、傍らではザトウクジラが歌い、アザラシのペアが楽しそうに戯れていた。それなりの修業を積み、いっちょ前の装備を揃えたとて、身ひとつの彼らにはまるでおよばない――それが、紛れもない生き物としての自身のサイズだ。そして、お調子者の酔っ払いにも良心ともいうべき意識が潜んでいるのか、体内アラームが気まぐれに厳しい旅をうながす。それにそそのかされてこんなところにやってきては、最低コルから北穂を見上げ、絶望感とともに己の小ささを確認しているのだろう。でなければ、酒瓶とともに谷底に沈む日も遠くないのかもしれない。

槍に見守られながらの一日。北穂高小屋のテラスからは大キレット越しの槍ヶ岳がバッチリ! ……でもそっちを見ると、あまり酔えない。
ようやくたどり着いた北穂高岳山頂。思えばPEAKSでは4年前に北穂東稜を登らされており、今回は大キレット……。次回はタキ……イヤイヤだめ、絶対!

そしてまた、こんな旅にはある種の刺激が微妙に秘められていることも、やっかいな事実だ。圧倒的、絶対的に安楽な旅がよいが、ごくたまに、3年、いや5年に一度くらいは、こんな登山も……。

「まあ、悪くないんじゃない」

そうこぼすと、宮上は「へっぴり腰がなに言ってんだか」という目でニヤリ。ヤローの向こうでは、槍ヶ岳が笑っている。

今回旅をしたのはこの2人

槍ヶ岳をバックに、現実から完全に目を背けるわたくしと、その目力でビール注文光線を送るべく、殺生ヒュッテを睨みつける編集宮上。

宮上晃一(左)

1984年生まれ。高所に対する恐怖心とともに、人として大切ななにかを失っている小誌編集部員。下山後、宣言どおり餓鬼のごとく焼肉を喰らいつく。

麻生弘毅(右)

1973年生まれ。高いところが嫌いなライター。沢旅を愛するものの、登攀、高巻き、トラバースは大の苦手。著書に『マッケンジー彷徨』(エイ出版社刊)。

出典

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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