世界遺産・大峯奥駈道を行く・前編|釈迦ヶ岳〜笠捨山〜玉置山
PEAKS 編集部
- 2021年10月13日
紀伊半島の古道・大峯奥駈道。大昔から荒行を行なう修験者が行き交い、現代でも女人禁制の区間すら残っている聖なる場所だ。吉野から熊野まで南北80㎞にもなるという総区間のうち、今回は南側にあたる「釈迦ヶ岳~玉置山」を歩いた。
文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
撮影◉矢島慎一 Photo by Shinichi Yajima
取材期間◉2019年9月18日~20日
出典◉PEAKS 2020年11月号 No.132
さらに南へ! もっと奥へ!
紀伊半島の東寄りの中央に位置し、奈良県の吉野山から和歌山県の熊野三山をむすぶ「大峯奥駈道」。日本の重要な史跡であるばかりか、2004年には「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界文化遺産にも登録されたことでも知られ、我が国が世界に誇る歴史的修験道の道である。
全長は約80㎞。8世紀ころから修験者が修行のために歩いていたという山深い道のりは、いまは登山者も行き交う日本有数の縦走路となり、全区間を一気に歩きとおす人もめずらしくはない。
だが僕は数年前、この大峯奥駈道をあえて何回かに分けて歩く計画を立てた。自分の性格上、長いルートを一度に歩くと、旅の後半は感覚がマヒし、おもしろさが薄れることがわかっているからだ。きれいな風景を見てもあまり感動しなくなり、ただ先を目指すだけが目的になってしまう。それならば、新鮮な気持ちで旅が続けられる2~3泊でいったん下山し、別の機会に残り区間を歩いたほうが深く山と付き合える。
そんなわけで、これまでに僕は「八経ヶ岳~山上ヶ岳」「山上ヶ岳~吉野」「八経ヶ岳~釈迦ヶ岳」と3回にわけて大峯奥駈道を歩いてきた。4回目となる今回は残り区間のすべてである「釈迦ヶ岳~熊野」のつもりだ。ここまでくれば3泊あれば歩ける距離だが、じつは大きな問題が……。そのあたりはのちほど述べていこう。
さて、昨年9月下旬、僕は釈迦ヶ岳の西にある太尾の登山口にやってきた。じつはここ、前回下山口に使った場所と至近距離。そのとき泊まった千丈平のキャンプ地があまりにもすばらしく、同様のルートから今回も同じ場所に宿泊しようと再訪したのだ。
だが、空はあいにくの曇天。重苦しい空気のなか、あまり景色も楽しめずに長い尾根を歩いていく。
千丈平に到着すると、とうとう小雨も降ってきた。そのために夕食後はテントに閉じ込められ、前回ほどは千丈平を満喫できないのが残念である。だが、それでもテント場の雰囲気は格別。小屋もトイレもなく、ただ草原と樹木が広がるだけのワイルドな空間は自由すぎて最高だった。
翌日は天気が好転し、気分も晴れやか。僕は一気に稜線まで登り、早くも今回のルートの最高点である1800m(正確には1799.9m)に到達する。その場所が釈迦ヶ岳だ。山頂の釈迦如来はそれほど古くないように見えるが、1924年に安置されたものらしく、もうすぐ100年。しかし8世紀からの歴史を誇る大峯奥駈道からすれば、新しすぎる銅像なのかもしれない。
釈迦ヶ岳山頂のすぐ南側には、深仙小屋があった。風通しがよい草原が広がり、この場所の雰囲気も最高。僕は初めてだったのでこの場所の魅力を知らなかったが、今回は千丈平ではなく、深仙小屋前にテントを張ってもよかったかもしれない。いつかまたこの付近を歩いたときは、ぜひテント泊をしたいものだ。
空高く秋らしい雲がたなびく釈迦ヶ岳。釈迦如来の像との再会を果たす。
周囲にほかの登山者はいない。そして9月下旬の深山の空気は澄んでいた。気温は高くもなく、低くもなく、僕はショートパンツとTシャツで歩いていたが、これがちょうどよい。夏場であれば大汗をかいていただろうが、今回は軽く汗ばむ程度だ。非常にさわやかなのである。
僕はこれまでの3回、いつも新緑が芽生える春に大峯奥駈道を訪れていたが、秋は秋で悪くはない。草木の緑が少しずつ鮮やかさを失っていくのは寂しいとはいえ、常緑樹も多いので、まだまだ彩りは豊か。また、このあたりには深い森は少なく、地面に目立つのは、バイケイソウ、シャクナゲなどの草や低木、そして笹といった植物だ。だから森林限界よりも下なのに見晴らしがよく、同じような風景なのに飽きないのもいい。
それにしても、天気がよく、テンポよく歩いていると、ここが本来は修験者の道であることを忘れてしまう。ときにはクサリがつけられた急斜面や滑落の危険がある岩場、道迷いを起こしかねない複雑な地形もないわけではないが、ほとんどの場所はあまりにもスムーズに歩くことができ、こんな場所で修行できたのかと思ってしまうほどだ。
だが、稜線上に並ぶのは、釈迦ヶ岳、涅槃岳、般若岳、転法輪岳などと、“いかにも” な山名ばかり。蘇莫岳、証誠無漏岳、阿須迦利岳となると、宗教的な学がない僕にはもはや読むこともできない。こうやって山の名前だけを羅列するだけでも、大峯奥駈道の由緒正しさがわかる。まさに日本の宝ともいうべき天空の道なのだ。
幹の太さが540㎝にもなるミズナラの巨木を通りすぎると、平治ノ宿が近付いてくる。そこには無人小屋があり、裏手はキャンプ地になっている。僕が今回、2泊目に泊まろうとしていた場所で、このままならば、14時には到着できる。ゆったりとテント場ですごすのが楽しみだった。
だが……。やっと平治ノ宿に着き、まずは休憩と腰を下ろしたときに僕が覚えた “違和感” をどのように表現すればいいのだろう。ハッキリいえば、居心地が悪すぎるのだ。ただ感覚的に「ここにはいたくない」と感じるだけではなく、時間が経つにつれて次第に気分まで悪くなってしまった。
理由はわからない。だが、“負” のエネルギーのようなものが漂っている気がする。たんに建物のたたずまいや、そのときの光の感じが作用していただけかもしれない。だが、同行していたカメラマンも「ここはなんか嫌ですね」といい、僕と同じような気持ちになったらしいのだ。
僕には霊感的なものはなく、以前に人が死んだような場所でも平気で眠れるような男だ。そんな僕でも、ここでひと晩すごすのはなぜか嫌でたまらない。
涼しい風が吹き抜ける大峯山脈のど真ん中。だれにも出会わない緑深い道が続く。
地図を再確認すると、次の小屋の行仙宿山小屋までは、あと3時間少々。これからふたたび歩き始めても、夕暮れ前には到着するだろう。当初の予定よりもそれだけ遅い時間まで歩くのは、本当は止めるべきだとは重々わかっている。だが、それ以上に僕はどうしても平治ノ宿から立ち去りたかった。なにか事故や事件が起こりそうな場所だとは思えないが、ときには直感を大事にしたほうがよい場合もある。
>>>後編へ続く
>>>ルートガイドはこちら
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文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
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取材期間◉2019年9月18日~20日
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PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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