筆とまなざし#252「山麓から山を描くこと。生活のなかで抱く山への思い」
成瀬洋平
- 2021年11月17日
山麓から眺める山の風景には、その土地で暮らす人々の山への思いが詰まっている。
最近、山麓から山を描くのもいいものだと思うようになりました。以前は、山の絵は山のなかから描いてなんぼ、山麓から描くなんて邪道だ、などと思っていました。けれども、その考えが変わってきたのは、昨年、地元の恵那山麓をめぐり、麓から山を描いたことがきっかけでした。山麓から眺める山の風景には、その土地で暮らす人々の山への思いが詰まっている。ほとんどは山に登らない人々だけれど、そこには生活のなかで抱く山への憧憬があるのです。そして自分自身もまた、紛れもないその「人々」のうちのひとりであることに気づいたのでした。それからというもの、車を走らせていて感興の沸いた風景があると写真を撮っておき、アトリエでイメージを膨らませて描くことが度々あります。この仙丈ヶ岳も、そんな風にして描いた一枚です。
左手の怪我がずいぶん良くなってきたとき、リハビリがてら伊那のクライミングジムに行きました。駒ヶ根あたりの農道を走っていると、伊那谷の向こうにそびえる雪を抱いた頂が目に止まりました。一旦建物の影に隠れてしまったのですが、脳裏にはその残像がはっきりと残っていました。山が見えるところにちょうどコンビニがあったので立ち寄りました。地図で確認すると、どうやら仙丈ヶ岳のようでした。三角形の柔らかな山容。頂上付近だけ雪化粧し、山麓の森は赤茶色に染まっていました。薄い雲の間から見える青空とのコントラストが美しい。その右奥には、たっぷりと雪の積もったゴツゴツした山が見えました。北岳でしょうか。主張性の高いその山とは対照的な山容が気に入り、写真を数枚撮ってジムへと向かいました。
この土地で暮らす人々は、どんな思いでこの山を眺めているのでしょうか。山頂に雪が積もり始めるころは、季節の移ろいをもっとも感じる時期なはず。山麓ではりんごや柿がたわわに実り、少しずつ冬支度が始まっていました。中央アルプスと南アルプスに囲まれたこの土地では、きっと人々のなかに「自分の好きな山」があるのでしょう。そんな「人々」のなかにある山を描くことは、なにか新しい視座を与えてくれるような気がするのです。
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