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ラインホルト・メスナー【山岳スーパースター列伝】#01

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2014年3月号 No.52

 

山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
By Fair Means =「自分の肉体ひとつのフェアな方法で」ヒマラヤの常識を変えた哲人がこの人だ。

 

20世紀最高の登山家だと思う。いろいろ毀誉褒貶の多い人物ではあるが、その業績には文句の付けようがない。「20世紀最高」と言い切ってしまっていいのかなと、これを書く前にあれこれ考えをめぐらしてみたが、やっぱりこの人を超える登山家は思いつかなかった。

世間的には、8,000m峰14座を世界で初めて全山登頂した人ということで知られていると思う。しかしメスナーが成し遂げたことのなかではそれはオマケ的なものであり、ほんとうにすごいところは別にある。

ひとつは、エベレストを酸素ボンベなしで登ってみせたこと。

メスナーが現れるまで、標高8,000m超という場所は人間が生きていけない世界であり、酸素ボンベの助けなしには登ることなど不可能というのが常識だった。「低酸素で脳がやられて廃人になってしまう」などということが真実味をもって語られていた。メスナーはその常識を覆した。

次に、数多くの前進キャンプや荷上げをしてくれるシェルパなどの助けを借りずに8,000m峰を登ったこと。

やはりメスナー以前には8,000m峰登山は国家的一大事業であり、大量の人員と物資を投入して行なうものというのが常識だった。そんな時代にメスナーはひとりかふたりでやって来て、まるで地元アルプスの山を登るかのようにサクッと8,000m峰を登って帰っていった。いまでは「アルパインスタイル」と呼ばれるこの登り方で、大事業だった8,000m峰登山が個人でも実現可能であることを証明した。

そして、それらふたつの究極の形として、「無酸素」「アルパインスタイル」「単独」で、エベレストを登ったこと。

このときのメスナーは、写真を見ると驚くほど軽装である。まるで日本のどこかの雪山に登りに行ったかのようだ。特殊な装備や大勢の協力者の手配・調整などはなく、それこそ「ちょっとエベレスト登ってくるわ」くらいの感覚で、実際、登って帰ってきた。

極端に言えばこれは、「明日天気よさそうだから高尾山にでも行こうかな」と言って登ってくるのと変わりはない。高尾山もエベレストも、同じ延長線上にあるものにすぎないということを、メスナーはもっともわかりやすい形で示したのだ。

1920年代にエベレストに挑戦したマロリーの野望もすごい。メスナー以前に8,000m峰に無酸素・単独で登ったヘルマン・ブールも驚異的だ。しかし彼らは隊の一員であった。個人のプロデュースで徒手空拳でヒマラヤに向かったメスナーと同列には並べられない。

クリーンクライミングという概念を定着させたイヴォン・シュイナードやロイヤル・ロビンスも登山を変えたし、メスナーと8,000m峰14座完登を争ったイェジ・ククチカは、そのほとんどを条件の悪い冬期や難しいバリエーションルートで行なっているなど、メスナーをはるかに超える猛烈な内容である。しかしそれらはあくまで登山史上で評価されるべきことで、人類史に寄与するようなものではない。

メスナーはこう語っている。

「まず己の限界領域を推し量り、その向こうに、自分には到達できず、自分には手の届かない、大きな可能性が存在するという事実を知ること」(『極限への挑戦者』より)

こういう行動をとる人を「限界挑戦者」と呼び、メスナー自身はそうありたいと思って登山を続けてきたと。

登山にかぎらずどんな世界でも、常識を塗り替えた人が真にグレイトな存在である。メスナーはヒマラヤ登山の常識を変え、それを個人のものにしてしまった。その巨大さに並ぶには、メスナーより難しい登山をするのではなく、まったく異なる発想のパラダイムシフトを起こすほかない。今後スマートフォンがいかに高性能になろうとも、iPhoneが起こした革命には及ばないのと同じことだ。

論争好きで、気難しそうでもあり、ヒマラヤ引退後は雪男捜索に熱を入れるなど理解不能なところも多いメスナーではあるが、山の現場で成し遂げたことはやはり、20世紀最高の業績と言うべきだと思うのだ。

 

ラインホルト・メスナー
Reinhold Messner
1944年イタリア生まれ。1975年に8,000m峰(ガッシャブルム1峰)に無酸素登頂、1978年にエベレストに単独登頂、1986年に世界で初めて8,000m峰14座全山登頂を果たすなど、ヒマラヤ登山の常識を塗り替えてきた登山家。
https://www.reinhold-messner.de

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PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

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