山野井泰史 【山岳スーパースター列伝】#03
森山憲一
- 2021年12月30日
文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2013年7月号 No.44
山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
3回目はソロクライミングの代名詞、『垂直の記憶』で『凍』のこの人について語る。
山野井泰史
今回は個人的趣味全開でいかせてほしい。私にとっての絶対エース、山野井泰史である。
違う、山野井さんだ。基本、この連載は敬称を略させていただいているが、この人だけは略することができない。どうしてもできない。特別扱いは反則だとはわかっているけれど、今回だけは許してください。なんたって、私が山登りを始めたころからのアイドルなんです。
山野井さんが山の世界で注目され始めたころに私は登山とクライミングを始めた。それまでは登山家というと堅苦しいイメージがあって好きになれなかった。
しかしなんかこの人は違う。ロックな香りがする。実際、雑誌の記事に載っていた写真で山野井さんが着ていたTシャツは、ノースフェイスでもパタゴニアでもなく「IRON MAIDEN」だった。
いまでもそらんじられるほど記憶に残っているインタビュー記事がある。
山野井 雪洞掘った事ない、ワカン履いた事ない、アイスクライミングも冬期登攀も数える程しかやった事ない。
――それでも冬のパタゴニアに、しかも単独で行っちゃうわけ? 若いクライマーが全員同じことしたら死人が絶えませんよ。
山野井 そうですねえ……。そう言われると困っちゃうね。
――どうもあんまり考えてないように思えてしょうがないんですが……。
山野井 いや、でもけっこう家じゃストイックになったりしてるんですよ。部屋かたずけたり、エロ本捨てたりして……。
――おっ、少しは覚悟を決めてるのかな?
(『クライミング・ジャーナル』43号/1989年)
品行方正がどうしても好きになれないひねくれものの私は、このインタビューにとにかくシビレた。山野井さんが24歳のときである。久々に現れた大物クライマーとして騒がれていたころだ。その大物が、登山の常識を全否定するような受け答えをさらっとしている。
普通ならば、なにもわかっちゃいない若者の戯れ言として捨てられるところだ。登山界もなかばあきれながら「まあやってみれば……」という感じで見ていたと思う。「もっとも死に近いクライマー」なんて言われ、ファンである私自身も、この人はジミ・ヘンドリックスや尾崎豊のようになるのだろうと思っていた。
しかし山野井さんは自分が間違っていないことを、その後も結果で示し続けた。今度こそヤバいのではと思っても、なかなか死なない。それどころか、それまでの常識を塗り替えるビッグクライムを次々に成し遂げていった。
のちに知ることになるのだが、山野井さんは無謀ではなかったのだ。
インタビューではへらへらしているように見えて、その実、24時間山登りのことを考えているような人で、だれよりも研究熱心だった。非常識に思える登り方も、固定観念をとっぱらって見てみれば、きわめて合理的なものだった。
その後、登山雑誌の編集者になった私は、仕事にかこつけて何度もアイドルに会いにいった。実際に会うと、ほんとうにおだやかな人である。いつもニコニコしていて、ハードなイメージはみじんもない。
しかし話が登山の本質的な部分にふれてくると、ときおり鋭い光が目の奥に見え隠れする。絶対に他人にはふれさせない短刀を懐に隠し持っているのがわかる。これ以上踏み込んではいけないと恐怖を感じる瞬間だ。
その短刀は、私は一生持つことができないであろう類のものだ。だから憧れなのである。
山野井泰史
Yamanoi Yasushi
1965年東京都生まれ。小学生時代に見たフランスの山岳映画に憧れ、登山を志す。1994年、チョー・オユー(8,201m)南西壁を単独登攀したことで世界に名が知られるようになる。2021年、ピオレドール生涯業績賞を受賞。
https://www.evernew.co.jp/outdoor/yamanoi/index.html
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PROFILE
PEAKS / 山岳ライター
森山憲一
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com