ユーコンカワイの解脱登山@身延山・後編
PEAKS 編集部
- 2021年12月19日
コロナ禍でたるんでしまった心身を引き締めるべし!と山梨・身延山へ向かったユーコンカワイ氏。果たして修行の旅の成果は……?
>>>前編はこちら
文◉ユーコンカワイ Text by Yukon Kawai
写真◉宇佐美博之 Photo by Hiroyuki Usami
取材日:2020年11月24日
出典◉PEAKS 2021年1月号 No.134
過去も未来もない。評価も判断もしない。いまこの瞬間だけに集中せよ。
やがて千本杉をすぎ、追分感井坊も越えて山頂に差しかかるころになると、私からはすっかり煩悩というものが削ぎ落とされていた。「自分はなんて愚かだったのだろう。もう新型コロナを言い訳にして運動できないだの、源氏パイが手放せないだのと言うのはやめよう。私は生まれ変わるのだ」という悟りの境地に近づいていたのである。そしてついに「奥之院思親閣」に到達し、私は御仏の前でこう誓った。「もう食の誘惑には負けません。楽をしようなどとも思いません。絶対痩せてみせます!」と。
決意も新たにして展望台のほうに向かうと、売店で「苦死切りだんご」なるものが売られているのを発見した。聞けば「こうして団子の串をハサミで切って渡すことで、お客様の苦死を切って幸を呼び込むのですよ」と言うではないか。まことに遺憾ではあったが、我が金欠の苦死を断ち切るためにはこれを食うのも修行のうちと思い至った。これは決して食の誘惑に負けたわけではない。仕方なしに食うのである。
展望台から富士山を眺めつつ、私は「来年、痩せちゃった自分が楽しみだなぁ」と言いながら団子を頬張り、そして「もう決して楽な道は選ばない。1秒でも早く次の修行がしたいんだ」と言ってロープウェイで下山した。これらの行為を見て「あれ? なんかいろいろ間違ってない?」って思った人はまだまだ修行が足りない証拠だ。私はなにも間違ったことはしていない。すべては御仏の思し召しなのである。
すっかり体が絞れた私は、次に精神を鍛えるために「武井坊」という宿坊に向かった。じつはここの住職である小松祐嗣さんは「走る僧侶」として知られるトレイルランナー。身体と精神に喝を入れてもらうのにこれ以上の人はいない。早速、本堂で瞑想体験。瞑想のコツは過去や未来のことを考えず、いまの呼吸だけに集中することらしい。私は即座にそれを実践し、瞬く間に悟りの境地にまで到達した。周りから見ると「まるで寝ているかのような穏やかな表情だった」らしいが、私は断じて寝てはいない。口元に光っているのは悟りの証拠である聖なる光。決してヨダレじゃないのである。
瞑想後、豪華な夕食が提供された。しかしこのころになると食に対する欲はすっかりなくなっていた。先ほどまでの瞑想効果で、とにかく私は「いま」に集中できていたからである。とにかくいま目の前にある湯葉に集中した。そこには過去も未来も存在しない。白米にだって集中した。茶碗蒸しにもしっかり集中してやった。おかわりという名の「いま」にも集中できた。これを全集中の呼吸と言わずしてなんというのだろうか。我が欲滅の刃は絶好調に研ぎ澄まされていたのであった。
翌朝、私はとても爽やかな気分に包まれていた。散々禁欲をした末の悟りの境地。来年、担当編集と嫁に“結果にコミットしすぎてしまった私の姿”を見せつけて「ギャフン」と言わせるのがいまから楽しみだ。念のため、今回この身延山で立てた禁欲の誓いを忘れないために、名物の「みのぶまんじゅう」を自分用に買っておいた。これで帰ってからも思い出せるだろう。
こうして私の隙のない完璧な修行登山は終わった。非常に気分は良いのだが、ただひとつ気になっていることがある。帰宅後に体重計に乗ったらなぜか体重が増加していた点だ。まったく理由がわからず思わず「ギャフン!」と言ってしまった。……でも大丈夫。努力する人間はかならず報われる。仏様はちゃんとすべてを見ていてくださるのだから。
Information
MAP
アクセス
JR身延駅から身延山行き路線バス乗車、終点の身延山バス停留所下車(所要約15分)。身延山久遠寺の入口である三門まではバス下車後門前町を歩く。所要約5分。
アドバイス
菩提梯が怖い人には他にふたつの迂回路があるため安心。今回の西ルートは所要3時間、東ルートは2時間半で奥之院思親閣に到達する。道はきれいに整備されていて歩きやすい。
武井坊
山梨県南巨摩郡身延町身延3583-1
TEL.0556-62-0016
www.takeibou.com
ユーコンカワイ
この1年で激太り。山どころか丘にも登れなくなってしまったただのデブ。一方で売れないユーチューバーとしても活躍し、収入の減量化は順調に進んでいる。いろいろ反省が必要な44歳。
※この記事はPEAKS 2021年1月号 No.134からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっています。
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文◉ユーコンカワイ Text by Yukon Kawai
写真◉宇佐美博之 Photo by Hiroyuki Usami
取材日:2020年11月24日
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。