BRAND

  • FUNQ
  • ランドネ
  • PEAKS
  • フィールドライフ
  • SALT WORLD
  • EVEN
  • Bicycle Club
  • RUNNING style
  • FUNQ NALU
  • BLADES(ブレード)
  • flick!
  • じゆけんTV
  • buono
  • eBikeLife
  • HATSUDO
  • Kyoto in Tokyo

STORE

  • FUNQTEN ファンクテン

MEMBER

  • EVEN BOX
  • PEAKS BOX
  • Mt.ランドネ
  • Bicycle Club BOX

加藤文太郎 【山岳スーパースター列伝】#26

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2016年10月号 No.83

 

山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
今回登場するのは、単独登山の代名詞となっているこの人だ。

 

加藤文太郎 

2015年、登山雑誌『山と溪谷』で「好きな登山家アンケート」という企画があった。山野井泰史や田部井淳子、竹内洋岳などの名前が並ぶなか、ふたりだけ故人がベスト10に入っていた。ひとりは2位の植村直己、もうひとりが4位の加藤文太郎だ。故人とはいえ、植村直己も加藤文太郎もこの種のアンケートの常連であり、いわば不動の存在。現役登山家をさしおいて2位と4位に入る結果も順当なものといえた。

そうはいっても、活躍していたころを覚えている人も多い植村直己はともかく、加藤文太郎は戦前の人である。亡くなったのは1936年。すでに80年以上もたっている。プロ野球にたとえれば、「好きな野球選手ベストテン」にいまでも沢村栄治が入ってくるようなもので、ちょっと異常なほどの人気ではないだろうか。10年ほど前には、加藤をモチーフにしたマンガまで連載されていた。80年前の登山家が、なぜこんなに人気が高いのか。

加藤は、大正から昭和初期という早い時期に、現在の基準に照らしても驚異的といえるスピード縦走をいくつも行なっていた。

有名なのは六甲全山縦走。神戸の自宅を早朝に出て、六甲全山を歩いて、深夜に帰宅する。六甲全山縦走は、登山道の整備された現在でも15時間くらいかかるのが普通。加藤はそれに加えて、自宅からのアプローチと下山後の帰路約50kmも徒歩で、全行程およそ100kmをトータル20時間ほどで歩ききっている。同じことができる人は、現在でもごくひとにぎりの健脚の持ち主にかぎられるだろう。

加藤の真骨頂とされる冬の北アルプス縦走はさらにすさまじい。厳冬期の北アルプスだというのに、記録を見ると、現代の夏のコースタイムとほとんど変わらないスピードで歩いている。しかも加藤の山行の多くは単独。現在とは比べものにならない貧弱な装備、厳冬の北アルプス、そして単独。冬の北アルプスを歩いたことがある人であれば、このことがいかに超人的であるかわかっていただけると思う。

しかしこうした事実だけでは、なぜ80年以上にわたって絶大な人気を誇っているかはいまひとつわからない。そういう人は、新田次郎の小説『孤高の人』を読んでみてほしい。加藤文太郎の生涯を小説形式で綴ったこの本こそ、作家・新田次郎の最高傑作であり、これまで多くの人を山に向かわせるきっかけとなった、山岳小説の最高峰なのである。

この本では、真面目で木訥な加藤文太郎というひとりの男が登山に出会い、ひたむきにその情熱を傾けていく様がていねいに描かれている。だが、波瀾万丈の激しい人生があるわけではなく、夢をなしとげたわかりやすいカタルシスもない。ひとつの山行を終えた加藤が、翌日にはまたいつものように仕事に出かけていく日々の生活も含めて、淡々と物語は進んでいく。であるのになぜか、読後には「すごいものを読んでしまった」というずっしりとした満腹感が残り、ひとしきり放心したあとに、「自分も山に行きたい」と思ってしまうのだ。

『孤高の人』に出てくる加藤文太郎は、新田次郎のほかの小説の登場人物と比べても圧倒的にリアルで魅力的である。思うに、新田自身が加藤の圧倒的なファンだったのではないだろうか。ひたすら純粋に山を追い求めた加藤。その姿に「人はなぜ山に登るのか」という普遍的テーマを見た新田。自身も山好きだった新田は、加藤のことを調べるにつれて共感の度合いを強め、ついには上下2巻にわたるほどの字数を費やさないと書き切れないほど力が入ってしまったのではないか。

加藤文太郎が戦前を代表する不世出の登山家であったことは確かだが、その像をここまで明確に世間に定着させたのは、新田の思い入れあってのことにちがいない。

つまり加藤文太郎は登山界の坂本龍馬なのである。世の龍馬ファンの多くが、司馬遼太郎が『竜馬がゆく』で描いた坂本龍馬に憧れているのと同じように、世の文太郎ファンの多くは、『孤高の人』加藤文太郎に惹かれている。だから本が販売され続けるかぎり、時代が変わっても新たなファンが生産されていく。没後80年以上たっても人気が衰えないのも無理はないのだ。

 

加藤文太郎
Kato Buntaro
1905~1936年。兵庫県出身の登山家。神戸で工場勤めのかたわら、地元・六甲や北アルプスなどを舞台に、驚異的な単独登山の記録を残す。積雪期北アルプスの単独縦走で無類の強さを誇り、立山雄山や奥穂高岳の厳冬期単独初登頂を達成。1936年1月に、槍ヶ岳北鎌尾根で遭難死。自身の著書に『単独行』がある。

SHARE

PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

No more pages to load