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森田 勝 【山岳スーパースター列伝】#28

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2016年3月号 No.76

 

山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
『神々の山嶺』の主人公・羽生丈二のモデルとなった実在の登山家がこの人である。

 

日本の登山家史上、「アウトロー」として森田勝ほど有名な人はほかにいないだろう。

中卒で貧しく育ち、金がなくて海外の山に登りに行けない鬱憤を抱え、谷川岳で命をすり減らすような危険なルートを初登攀することでそれを晴らす。

「ヨーロッパやアンデスでよろしくやってる野郎ども、オレが登ったこのルートを登れるか!」

実力が認められてヒマラヤに遠征に行けるようになってからも、頂上アタックメンバーに選ばれなかったことが我慢ならず、ひとり勝手に下山してしまう。「私の山は終わったということです」とだけ言い残して。

頑固一徹で不器用で、そのくせ登山技術は一流で、しかもヒゲを生やしている。世間の「登山家像」にこれほどマッチした人物もいないように思える。小説『神々の山嶺』に出てくる孤高の登山家・羽生丈二のモデルとなっているが、それも、この個性的なキャラクターが、山を知らない人にもわかりやすかったからだろう。

1937年生まれの森田が登山を始めたのは17歳のころ。その後、「谷川岳のならず者」として知られた緑山岳会の寺田甲子男の自宅に押しかけて入会を乞うが断わられ、それでも日参して、ついにはならず者が根負けして入会を認めたという経緯を持つ。

入会後は岩壁登攀などの厳しい登山にのめりこみ、年に100日近くを山で過ごす。ときには2週間以上山にこもることもあり、そのたびに職を変えていた。「仕事を理由に山に行かないやつは山をやめろ」との言葉が伝わる。

山に命を賭けないやつはゴミだといわんばかり。パートナーが墜落して宙づりになってしまったら「オレはザイルを切る」と言い放ったというのも有名なエピソードだ。

一方で、気分屋でもあったらしく、ぱったりと山に行かなくなる時期もあった。そもそも、年に100日といっても、いわゆる「山バカ」のなかでは特別多いほうではない。金がないため働かなくてはいけなかったという現実的な理由もあったのだろうが、その金も山にだけ注ぎ込んでいたわけではなく、パーッと洋服を買って散財してしまうことも多かったという。意外とおしゃれでファッション好きだったというのだ。孤高のアウトローというよりダメ人間? ……という気がしなくもない。

森田がその名を知られるようになったのは、なんといっても、1967年の谷川岳一ノ倉沢第三スラブの冬期初登攀によってだ。「三スラ」といえば、雪崩の巣のため、登攀は自殺行為とされていたところ。ちょうど海外登山が盛んになってきたころで、しかし、金がないため海外に行けなかった森田は、「登山家としてはオレのほうが上だ」と誇示するために第三スラブに向かったという。

首尾よく初登攀を果たし、「三スラの鬼」として生ける伝説となった森田だが、その後の登山家人生も順調とは言いがたい。1970年代に入ると、エベレストやK2の登山隊メンバーに選ばれ、念願のヒマラヤ見参を果たすが、どちらも登山隊の組織のアヤに巻き込まれた末に登頂を逃す。K2では、隊長の真意をくみ取れず、頂上を目前にして山を下りて、自らチャンスをフイにしてしまった。

ヨーロッパアルプスでも、同時期に現れた長谷川恒男という天才クライマーに過剰なライバル心を燃やした結果、失敗が続く。アイガーでは仲間が転落負傷、グランドジョラスではソロで突っ込んだ結果、墜落して瀕死の重傷。再起を誓ったグランドジョラスでついに帰らぬ人となってしまう。享年42。

社会に迎合することをよしとせず、反逆の情熱を燃やし続け、一瞬のまぶしいほどの光を放って消えていった孤高のクライマー。それが森田勝だった。

――以上が、世間的に定着している森田勝のイメージである。だが、本人を直接知る人によれば、もうちょっとまともな人だったともいう。

ここまで書いてきた人物像は、佐瀬稔が森田勝を描いたルポ『狼は帰らず』のほぼ受け売り。佐瀬稔という作家はドラマチックな叙述が持ち味で、そのために森田勝像は実物以上にふくらんでしまった可能性もある。大筋は佐瀬の書くとおりとしても、そこまでマンガみたいな人ではなかったのかも……とも思うのです。

 

森田 勝
Morita Masaru
1937~1980年。東京都出身の登山家。東京の名門山岳会「緑山岳会」に入会し、本格的な登山を始める。1967年に、当時は登攀不可能とされていた谷川岳一ノ倉沢滝沢第三スラブを冬期初登攀し、一躍その名が知られるようになる。1980年、ヨーロッパアルプスのグランドジョラス北壁で転落死。

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PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

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