<北アルプス称名ゴルジュの覇者> 大西良治 【山岳スーパースター列伝】#42
森山憲一
- 2022年10月25日
文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2017年11月号 No.96
山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
これぞ真の登山家であり探検家。個人的に世界に誇りたい人物を紹介したい。
大西良治
2017年に刊行された雑誌『WILDERNESS No.7』(枻出版社)に、台湾の大峡谷の記事が載っている。写真を撮り、文章を書いているのは大西良治という人物。度肝を抜かれるようなものすごい写真が載っているので、古本を探してでもぜひ見てほしい。いや、山が好きな人、自然が好きな人なら絶対に見なくてはならない。
私はこの記事の編集を担当した。写真の素晴らしさに惚れ込んで、これを伝えなければいけないという、ある種の使命感にかられての企画志願だったが、大西から送られてきた文章もまた素晴らしいものだった。
大西が行った大峡谷は、きわめて高度な沢登りとキャニオニングの技術が必要とされるところ。彼は志を同じくするエキスパートと行っているが、それでも突破に10日ほどかかっている。現在考え得る世界最難の沢登りといえるだろう。
ところが、大西の文章のテーマはそこにはなかった。もちろん困難であることは綴られているのだが、関心は明らかにほかにあった。
だれも行ったことがないところに行き、だれも見たことがない風景を目にする喜び。大西がこの大峡谷に出かけたモチベーションはそれであり、文章にはそのことが書かれていたのだ。
現代の登山家やクライマーと呼ばれる人たちの最大の関心事は、困難を克服することにある。「だれも登れなかったルートから登った」「世界最難グレードを更新」。困難に紐付くこうした称号を得ることで、周囲から評価されるからだ。
大西もそこに関心がないわけではなく、「難しさは重要な要素」と自分でも語っているが、それが目的ではないという。ともするとこういう言い方は、追求すべき課題から逃げているだけで、周囲を煙に巻くゴマカシととらえられがちだが、大西の場合はそうではない。成し遂げてきたパフォーマンスはどれも、困難性においても最先端を切り拓いたものであるからだ。そのうえで大西は、「本懐は『未知の解明』にこそある」と語る。
以前にも書いた気がするが、登山の根源的な動機は未知の解明だ。その動機にしたがって登り続けた結果残るのがだれも登れない難しい山やルートであるから、困難度にも大きな価値がおかれるようになったということであって、困難が出発点なのではない。登山でより上流におかれるべき純粋動機は未知の解明なのである。
意識的にか無意識的にか、大西はそこにスタンスを置く登山家だ。これは現代ではかなり珍しい存在といえる。というのも、長い登山の歴史のなかで、すでに未知の場所などほとんどなくなっているからだ。それでも未知にこだわれば、どうでもいいような落ち穂拾い的な山をあさるしかないのだが、大西は違う。人類史的に価値あるパフォーマンスを続け、登山家として輝きを放っている。
なぜ大西にだけそんなことができるのか。それは渓谷登攀が世界的にはまだまだ未開拓な分野であることに加え、それまでの常識を超えた技術の持ち主であるからだ。大西ほどの技術と発想があって初めて見えてくる未踏の場所が、まだ地球上には残されていたということなのである。
大西はもともとボルダリングの分野で知られたクライマー。沢登りも並行して行なっていたが、そちらの記録は謎めいた個人サイトにひっそりと載せるだけで、「沢ヤ」としての側面は長らく知られることがなかった。沢登りでも注目されるようになったのは、彼のキャリアのなかでは比較的最近のことである。
そもそもボルダリングと沢登りに取り組んでいる人というのはかなり希少種であり、異端といってもいいと思う。大西はトップボルダラーとしての技術を沢に持ち込むことで、それまでは考えられなかった渓谷登攀を可能にした。しかも彼は、ボルダリングにしろ沢登りにしろ、重要な登攀のほとんどを単独で行なってきた。
いわゆる登山界の主流とは無縁のところで活動してきた大西が、登山の最も根源的な部分に情熱を燃やし、そこで価値ある成果を残している。異端がたどり着いたところは、登山の最源流だった。
真のアルピニストとは、こういう人物のことを指すはずだ。
大西良治
Onishi Ryoji
1977年愛知県生まれ。東北大学ワンダーフォーゲル部で登山を始め、ほどなくしてフリークライミングに傾倒。大日岩「フォッサマグナ」(5.14a)、御岳「蜥蜴」(四段)初登などの実績を持つ。並行して沢登りにも取り組み、北アルプスの剱沢や、前人未踏として知られた称名ゴルジュの単独遡行に成功。本業はクライミングのルートセッター。著書に『渓谷登攀』(山と溪谷社)がある。
http://soloist.main.jp
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PROFILE
PEAKS / 山岳ライター
森山憲一
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com