南紀、楯ケ崎。「釣り師のテラスのルーフクラック」への旅へ~前編~|筆とまなざし#309
成瀬洋平
- 2022年12月29日
クラックを登り、絵を描く。3泊4日の気ままなひとり旅。
ふと思い立って旅に出ました。旅といっても3泊4日の短い旅。若いころはバックパックに衣食住を詰め込んで出かけることがほとんどでしたが、今回はクラッシュパッドと画材と寝袋を車に詰め込んで。行き先は南紀、楯ケ崎。以前から気になっていたルーフクラックを登りに行こうと思い立ったのです。ひさしぶりの気ままなひとり旅。近所の岩場はクリスマス寒波で雪に埋もれてしまったのでちょうどいいタイミングでした。
楯ケ先のボルダーを訪れるのは初めてでした。駐車場から遊歩道を歩くこと30分弱。熊野灘に面して岩畳が広がる開けた場所に出ました。ハテナなど有名なボルダー課題はここにあります。トポを頼りにさらに岩場を下ると、迷うことなく目当ての場所にたどり着きました。岩場には釣り人の姿が多い。釣り師のテラスと呼ばれるそこは、なるほど、ここから竿を振るのだろうと頷けます。
さて、このルーフには奥からみごとなクラックが続き、ルーフの出口を経てさらにその上部まで延びています。ルーフ部分で7m、さらにその上部は7mのハイボルダーとなっていて、以前から関西クライマーたちのプロジェクトになっていました。2017年に初登され、その後幾人かのクライマーが再登しています。釣り師のテラスのルーフクラックと呼ばれ、グレードはいろいろな意見があるようですが三段が定着しています。
ルーフ自体は低いので腰を屈めなければ入れません。おかげで地面からムーブが探れ、ジャミングのポイントを確認しました。核心らしき場所は不確かでしたが、トライしてみることにしました。広めのハンドジャムがあるものの、核心までは予想どおり、順調に進みました。そして核心の一手。思いきって出してみると、これも予想通りに落ちました。何度か練習すると意外と短時間で良いムーブが見つかりました。懸念している上部も一度登ることにしました。落ちて大事に至ればこの課題を次にトライする人が来るまで発見されないかもしれない。緊張しつつ登ってみると、大丈夫、落ち着けば落ちる箇所はないとわかりました。一日で登れるかもしれない。淡い期待を抱きながらスタートから繋げてトライ。けれども核心部分で落ち続けました。うまくいったムーブがわからなくなってしまいました。
小さな湾の凪いだ海。足元の水はすばらしく透き通ったコバルトブルーで、岩に張り付いた赤いイソギンチャクが揺れています。普段ならパートナーのビレイもあるし、絵を描いている時間はありません。けれど今回は気ままなひとり旅、岩場にも画材を持ってきていました。すばらしい課題とすばらしい風景。登っては休み、絵を描いては登る。対岸の半島を描いたり、ルーフの下に仰向けになってクラックを描いたり。穏やかな、ときどき強風の吹く海をひとり眺めながらすごすのは、いわずもがな極上の時間でした。
左腕に疲労が溜まり、核心部の距離が出なくなってきました。やがて暖かな太陽が対岸の山に沈むと急に寒くなってきたので岩場をあとにしました。
夜半に雨が降りましたが朝には上がり、気持ちの良い青空が広がっていました。昨日の疲れを感じつつ再び釣り師のテラスへ。核心のムーブを確認すると、効果的なジャミングの仕方がわかりました。そして次のトライで登り切ることができました。
岩に登ることと絵を描くこと。一見共通点のないように思えるふたつの行為ですが、そこにはとても近しいものがあるように思います。きっとそれを探求することが、これからの自分が進むべき道なのでしょう。思いがけず自分を見つめ直すことになった釣り師のテラスのルーフクラックへの旅は、もう少し続きます。
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