<アルピニズムの求道者> 奥山 章 【山岳スーパースター列伝】#52
森山憲一
- 2023年03月19日
文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2017年9月号 No.94
山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
今回は、カリスマ、希代のオーガナイザーなど、特異なイメージで知られるこの人だ。
奥山 章
昭和30年代から40年代(1955~1975年ごろ)にかけて、日本の登山史にその名を刻む優れた登山家が相次いで登場した時代があった。古川純一、南博人、松本龍雄、芳野満彦、森田勝、吉尾弘、小西政継などなど……。いずれも輝かしい登攀実績を誇り、キャラクターとしても強い個性を放った面々である。
こうした、いわば日本の登山黄金期を飾ったオールスターのなかでは、同時代に活躍した人物でありながらこの人の名はやや地味に映る。奥山章。
ただしオールスターたちとはちょっと異なる、一種独特な妖しい個性が奥山にはある。
ひとつには思想家としての側面。奥山は、大学山岳部をはじめとする組織的登山のあり方を徹底的に嫌い、否定し、歯に衣着せず批判した。彼は筆もたち、その思想を切れ味鋭く、読む人を引きつける文章で表現した。
そしてその矛先が向かうのは組織登山だけではない。
「では何故、それほど山岳雑誌は売れないのであろうか。それは内容が面白くないからであり、つまるところは執筆者たる登山家に文章が書けず、ものを考える力がないからである」
まさに歯に衣着せず。こういうオピニオンリーダー的な性質は多くの信奉者を生んだ。
ところが、発想は優れていながら、それをいざ実行に移すとなると、どうもうまくいかず、不運な結果に終わってしまう。岩登りの腕前は天才的なものがあったらしいが、時代を超えた計画を考えついてしまうがゆえに失敗も多く、名を残すような登攀実績はそれほど多くない。妥協ができず、地に足を着けて生きていけない。理想を求めて破滅に向かってしまう。革命家のような不安定ではかなげな人物像。
これだけ聞くと、スーパースターというよりはアンチヒーローのイメージだ。しかし彼は、登攀以外のところで大きな実績を登山界に残している。それは、「第二次RCC(RCCⅡ)」の結成である。
RCCというのは、ロック・クライミング・クラブの略。大正時代に当時の有力クライマーが集結し、山岳会の垣根を越えた先鋭集団を目指して結成された団体である。奥山はそれにならい、1958年、冒頭に書いたようなクライマーたちに声をかけ、新時代のオールスター軍団を組織したのである。
「組織」とはいっても、そこには奥山の思想が色濃く反映されていた。当時、ヒマラヤなどの難しい山を登るには、大人数を投入し、そのうちのわずかなアタックメンバーだけが山頂を踏むという「極地法」が主流だった。
RCCⅡはこれを「古いやり方」として否定。組織の力ではなく、個の力で難しい山を登ることを根本理念とした。実際、それができるメンバーばかりが名を連ねており、この自立した強力クライマー軍団の誕生は、当時の登山界に大きなインパクトを与えた。
インパクトを与えただけでなく、明確な功績も残している。谷川岳や剱岳など国内の岩場でいまでも使われているⅣ級やⅤ級といったグレード体系は、このRCCⅡが作ったものだ。国内の岩場で初めてボルトを使用したのも、RCCⅡメンバーの松本龍雄であり、そのボルトの開発もRCCⅡが行なったようなもの。つまり、近代クライミングの土台はRCCⅡが作り上げたといってよいのだ。
古い常識を打ち破り、時代の先端を行く先鋭集団として熱狂を呼んだRCCⅡだが、結成10年もたたない1960年代後半に入ると次第に活力を失っていく。それは奥山が先鋭登山から一歩身を引き始めたタイミングに重なっている。指示などなくても自ら動ける意識の高いメンバーの集まりだったRCCⅡだが、奥山なくしては求心力を持ち得なかったようだ。
奥山は1972年にガンに侵され、それを苦にして自殺。直後に計画されていたエベレスト南西壁は惨敗に終わり、RCCⅡは自然消滅してしまう。
保守本流を否定し、新たな時代を求めて一瞬の輝きを放って消えていったRCCⅡは、プロレス界におけるUWFを思い起こさせる。UWFがその後の総合格闘技ブームにつながっていったのと同様に、RCCⅡも現在につながるクライミングの基礎を築いた。その中心にいたのが、革命児・奥山章だったのである。
奥山 章
Okuyama Akira
1926~1972年。東京都出身の登山家。北岳バットレス中央稜冬期初登攀、谷川岳烏帽子奥壁凹状岩壁冬期初登攀などの登山実績をもつかたわら、第二次RCCを創設して日本の先鋭登山をリードした。ほか、国内初のプロガイド団体、日本アルパインガイド協会の創立に尽力。山岳映像作家としての顔ももつ。著書に『ザイルを結ぶとき』(山と溪谷社)がある。
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PROFILE
PEAKS / 山岳ライター
森山憲一
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com