<新時代山岳ガイドのアイコン> 岩崎元郎 【山岳スーパースター列伝】#54
森山憲一
- 2023年04月02日
文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2019年3月号 No.112
岩崎元郎
山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
日本の山岳ガイドのあり方をある意味変えたこの人物を紹介しよう。
かつて1990年代に、「中高年登山ブーム」が一世を風靡した。現在では中高年の登山者はすっかり定着しているが、1970年代ごろまでは、登山といえば若者のレジャーと相場は決まっており、年配の登山者は少数派だった。
それが1990年代に入って社会の高齢化や健康志向にともない、登山を始める中高年が激増。雑誌や報道でも盛んにこの現象がとりあげられた。
日本百名山が注目されるようになったのもこのころからだ。それ以前の登山者には百名山はそれほど意識されていなかったのだが、新たに登山を始めた中高年にとって、百名山はわかりやすい目標になったのである。
当時、私は登山雑誌の仕事を始めたばかり。このブームのまっただ中に飛び込んでいくことになった。まだ20代だった私にはわけがわからないブームだったが、百名山のビデオが100万本も売れたりして、いまから思えばすごい時代だった。
そしてこの中高年登山ブームの不動のアイコンとなっていたのが、岩崎元郎その人である。 NHKで放映された「中高年のための登山学」という番組に講師役で出演した岩崎は、そのにこやかで親しみやすいキャラクターもあって、中高年登山者からの絶大な人気を獲得。テレビ番組だけでなく登山雑誌からも引っ張りだこで、一時は、岩崎の姿を見ない号はないほどだった。
岩崎の本業は山岳ガイド。「無名山塾」というガイド組織を主宰しており、テレビや雑誌に出るだけでなく、ガイドとして実地で登山を教えてもいた。
それまで山岳ガイドというと先鋭クライマーあがりの人物がほとんどで、いずれも敷居が高く、初心者には近づきにくい存在だった。一方で岩崎は、いつも笑顔が絶えず、しかも案内する山は低山が中心。1945年生まれのため当時50歳前後で、自身がまさに中高年。小柄な体格と笑顔もあいまって、いわゆる「頑固な山ヤ」感がまったくない。
登山を始めたいがひとりで行くのは心細いという中高年登山者にとって、これほど頼りになる存在はいなかった。実際、こういうやさしい雰囲気をまとったガイドというのは、この時代、岩崎しかいないといってもいいほどだったのだ。
こうして岩崎は「中高年登山者のカリスマ」となった。が、そのイメージが強すぎるためにあまり知られてはいないものの、岩崎にはもうひとつの顔がある。それは先鋭クライマーとしての側面である。
岩崎は若いころ、ヒマラヤ遠征にも出かけるほど先鋭登山にのめり込んでいた。国内では、雨飾山の岩壁の開拓など、かなりマニアックな活動でも知られている。「ガイドというと先鋭クライマーあがりの人物がほとんど」と先に書いたが、じつは岩崎もそのひとりであったのだ。
1980年代に日本のアルパインクライマーや沢ヤのバイブルとなった『日本登山大系』という本がある。全10巻で、全国の岩登りや沢登りのルートを網羅した大著だ。現在でも、この本にしか載っていないルートがいくつもあるほどのとてつもない本であるが、この首謀者であり編者のひとりが岩崎である。
低山の中高年登山とは対極にあるような、登山の先鋭性と探検性を極めたようなこの本。中高年登山のカリスマというイメージからはとても想像できない。
岩崎は人物的にはにこやかでやさしいイメージが強いが、こういうバックグラウンドをもっているからか、登山の本質的な部分については厳しい目線ももっていた。基本的に「登山は楽しい」というポジティブなスタンスではあるものの、山に向かう心がまえや安全に関する部分については、ときにびっくりするほど激しい言葉を使う。ガイドのお客さんに対しても、甘えは許さない一線を引いているようなところがあった。
岩崎は、ビジネスとしてのガイド業を成功させた国内先駆者のひとりでもある。その立場からするとちょっと意外な側面という気もするが、もしかしたら、ただやさしいだけではない、こういう芯のある部分も、中高年登山者から信頼を得た秘訣であるのかもしれない。
岩崎元郎
Iwasaki Motoo
1945年生まれ。東京都出身の登山家・山岳ガイド。18歳のときに昭和山岳会に入会し、本格的な登山を始める。1970年に自身が中心になって蒼山会を創設。鹿島槍ヶ岳荒沢奥壁や雨飾山布団菱などで初登攀記録をもつ。1981年にヒマラヤのニルギリ(7,061m)に遠征。同年に登山学校と山岳会の要素を併せ持つ「無名山塾」を設立した。編著に『日本登山大系』(白水社)、著書に『岩崎元郎の新日本百名山登山ガイド』(山と溪谷社)などがある。
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PROFILE
PEAKS / 山岳ライター
森山憲一
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com