一枚の作品を生み出そうとしたとき、モノにもよるが数年の時間を要することもある。私のやっていることは基本的には「昔の刑事」のようなもので、地道に足を使って小さなピースを積み上げるが如く条件を少しずつ揃えていき、その積み重ねとして作品が生まれるという流れが多い。ちょうど先日そのようにしてまた一枚の作品が生まれたので、今回はそれのお話をしていこうと思う。
編集◉PEAKS編集部
文・写真◉高橋広平
「エンドレス・リピート・リテイク」
本連載第2回に取り扱った作品などは7年という歳月を掛けて撮影に成功したわけだが、そこまで掛からなくても何年か掛かって撮れたシーンなどはいくつかある。なにしろ被写体であるライチョウさんたちはそれぞれ自由意志のある生きものであるがゆえ、私の思いどおりに動いてくれるわけではない。
彼らの習性を紐解き、これか!と見つけた法則性もその年ごとの群れの趣向や個体ごとの気分みたいなもので容易く覆される。それでも積み重ねた彼らへの知見は決して無駄ではなく、おそらくは研究者すら知らないことをあれやこれや実地で確認している。……もっとも、世間的には私も研究者のうちのひとりと数えられているかもしれないが。
それはさておき、自らコツコツ調べ上げたその地域の個体群の習性をもとに、脳裏に思い浮かべて且つ実現可能な構図を現実のものにするためにカメラを携え歩を進める。まだこの時期は厳冬期と比べ命に関わるリスクが少ないぶん試行にかかる労力はいくらかマシにはなる。
ただ、調べ始めた最初のシーズンは時折所要でさらす素手の指先が痺れるほどに寒かったのだが、今年などはずっと素手でいられるほど気温が上がっている。当然、撮影するぶんには凍えないだけ楽なのだが、肌で如実にわかるほど暖かくなった気温に対して、もはやある種の覚悟を覚える今日このごろである。
その日を照らしていた太陽が西の空に落ち、帳が降りる。暖かさは残るものの、陽が落ちれば気温は途端に下がる。幸い「待ち合わせ場所」は稜線特有の強風から逃げられる立地のため単純な寒さに耐えるだけでなんとかなる。
座り心地の良いお気に入りの岩に腰を下ろす。「指定の時間」までに機材の設定の確認をすませる。そして耳に聞こえる音が「しーん」となるまで意識を研ぎ澄ませる。すでにあたりはそれなりに暗くなり、安いカメラではまともに撮影すらできない状況だ。そんな折、無音のなかに羽音が響く。……今回は賭けに勝ったようだ。
ひい、ふう、みい……と数えれば8羽のライチョウが私の周囲半径5mで採食を始めている。みるみる暗くなっていくなか、以前は機材性能の限界で撮影できなかったその構図を数年越しで丁寧に収めていく。
今回の一枚は、気付けば4年も取り掛かっている構図の作品。条件はもっと突き詰めることができる、もとい彼ら次第でもっとブラッシュアップが可能な一枚である。最初、この場所を突き止めたときは全部で10羽以上のライチョウに取り囲まれたのだが、年ごとに個体数は変動するのでまた来年もリテイクすることになるだろう。ひとまずは機材の更新で見れる状態の作品になってきたのでこの度お披露目してみることとする。
今週のアザーカット
この場所での最初の邂逅の折に撮った一枚。ご覧のとおり機材的に露出が確保できず解像度が壊滅的であるが、私の耳で捉えたその数はおそらく13羽ほど。闇の中でライチョウの大合唱会を堪能させていただいた本人の記念用写真である。今後も理想の一枚に昇華できるように毎年挑もうと思っている。
お知らせ:きたる12月9日(土)に横浜市金沢動物園にて講演会をすることになりました。横浜でのイベントは以前にカモシカスポーツ横浜店で写真展をした以来となりますが、ご都合つく方はぜひお越しいただければと思います。ただいま申し込み受付中。また、緑書房さんから発売中の「雷鳥カレンダー2023」も大変好評のようです。撮り手冥利に尽きます。ひきつづきよろしくお願いいたします。
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