イタリア旅の思い出~陽気でやさしく人懐っこいロカーナの人々~|筆とまなざし#351
成瀬洋平
- 2023年11月22日
クライミングと同じくらい大切なできごと。ロカーナの人々との出会い。
イタリアから帰国して1週間が経った。旅行中はその場そのときのことを綴ってきたため、たとえばロカーナのことを書きたいと思ってもすでにオッソラに移動していたのでオッソラのできごとを書いた。これから数回、そのようにして書き漏らした事柄について綴ってみたいと思う。
クライミングのことを中心に書いてきたけれど、まず真っ先に書きたいのは旅先で出会った人々のことである。とくにロカーナの人々との出会いは、クライミングと同じくらい大切なできごとである。
昨年、初めてロカーナを訪れたときのことはいまでも覚えている。夕方、Googleマップを片手にアパートの前らしき場所までやってきた。けれど、どこに車を停めたらいいのかわからない。右往左往しているときに「ここに停めていいよ!」と駆け寄ってきてくれたのが、頬がコケて頭髪が薄い、色白でどこか聖職者を思わせる佇まいのおじさんだった。イタリアでは路駐が当たり前で、月極のような駐車場は見かけない。アパートと教会に挟まれた石畳の広場には4台分の駐車スペースがあり、空いていれば自由に停めていいらしい。そこがいっぱいなら、隣の薬局や銀行の前に停めても問題ないということだった。
「毎週水曜日の朝に教会の前で市が開かれるから、そのときだけ停めないようにね」
おじさんはそう親切に教えてくれた。後日、村をぶらぶら歩いていると本や雑貨を売っているお店におじさんが立っており、その店の店主だとわかった。名前はコンティと言った。
バール・アルピで出会った人々
アパートの斜向かいにあるバール・アルピは、僕らより少しだけ年上に見える女性が切り盛りしている。コンティは毎日夕方になると近所のおじさんと連れ立ってアルピにワインを飲みにくる。ちょうどその時刻にアルピの前を通りかかると「いっしょに飲もうよ!」と言っていつもワインをおごってくれた。コンティの仲間のなかにスーパーマリオに似たチョビ髭のおじさんがいる。名前はピエール。ロカーナの隣町ロゾネに住んでいる。昨年はコンティやピエールと度々飲んだりさっぱりルールのわからないカードゲームをしたりした。ロカーナの人々はとても陽気で優しく、人懐っこい。イタリア人気質なのかと思ったのだけれど、彼らが特別だということはほかの場所を訪れてから知ることとなる。
今年、ロカーナに着いてすぐにアルピへ行った。朝、ここでカプチーノとクロワッサンをいただくのが楽しみとなっていたからだ。女主人にはすぐに再会できた。朝7時からお店に立ち、酔っぱらった近所のおじさんたちを適当にあしらいながら夜まで働くタフな女性である。アルピの先にあるカフェのイケメン男性やその斜向かいの高級食材店兼お惣菜屋(ここのラザニアが絶品!)の色白の優しい男性も僕らのことを覚えていてくれた。けれど、コンティやピエールの姿を見かけない。どうしたのだろう? そう思いながらも「Greenspit」に集中するため飲みに行くことなく節制生活をしていた。
「Greenspit」完登のお祝い
「Greenspit」が登れ、明後日ロカーナを経つという日の夕方。アルピに一杯ひっかけに行った。生ビールのようなサーバーでついでくれる微発泡のロザートは妻のいちばんのお気に入りである。ロザートを一杯、プロセッコを一杯飲んでお店を出ると、カフェのオープンテラスに見覚えのある顔があった。それはチョビ髭のピエールだった。奥さんと娘さん、それにほかの友人たち(ロカーナの村長さんもいた)とみんなで賑やかに飲んでいるところだった。うれしくなって思わず駆け寄る。すかさず「なににする?」と聞いてくれる。みんなが飲んでいたオレンジ色の液体を注文。スプリッツというイタリアではおなじみのカクテルだそうで、オレンジと僅かな苦味が爽やかである。プロセッコにカンパリと炭酸水を混ぜたところにスライスしたオレンジを入れたものだ。そうこうしていると、ピエールがコンティを呼んでくれ、水道工事のおじさんもやってきた。だれかが高級食材店でサラミや生ハムやチーズやグリッシーニを買ってきてくれ、コンティは両手に持った赤ワインを次々と注いでくれた。去年出会った人たちとようやく再会できた。みんな去年のことを懐かしがり、そして「Greenspit」完登のお祝いをしてくれた(「Greenspit」はクライミングをしないおじさんたちも知っているのだ)。
何杯赤ワインを飲んだかわからない。「次はSAKEを持って来ます!」。そう約束し、千鳥足でアパートへ帰った。
目的のルートは登れた。けれど、またロカーナの人たちに会いに訪れたいと思う。一年に一度、いや数年に一度でも良い。この小さな村にはそう思わずにはいられない人たちがたくさんいる。
翌朝、何度も吐いて夕方までベッドに横になっていたことも、その後旅行中に一度も赤ワインを口にする気にはならなかったことも、いまとなってはいい思い出である。
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