異文化に触れながら、ベトナムへクライミングトリップ。|筆とまなざし#359
成瀬洋平
- 2024年01月24日
初めて体験するベトナムの文化。カットバに行くまでの珍道中。
ベトナムといえども朝6時はまだ暗い。6時半になると薄明るくなってきたので、散歩がてら朝食が食べられる場所を探すことにした。
宿を出ると道端でフォーを食べている人たちがいた。こっちでもあっちでも、数件おきにプラスチックの小さな椅子に座ってフォーを頬張る人々がいる。各家庭の朝食かと思ったがそうではなくて、れっきとした屋台食堂なのだった。ベトナムでは朝食を家で食べる人は少ないのだろうか。そう思ってしまうほど、その後訪れたどの街でも多くの人々が屋台でフォーを食べていた。そしてぼくらも習って朝フォーを食べるのが毎日の楽しみとなったのだった。
この時期の北ベトナムは曇りの日が多いらしく、思っていたよりも気温が低くて半袖では肌寒い。湿潤な空の下、通りには朝早くから露店が立ち並んでいた。朝フォーの屋台、巨大な肉の塊を並べた肉屋、見たことのない果実が並ぶ果物屋。こんなにも買う人がいるのだろうかと思えるほど、店先にはたくさんの食材が山盛りにされている。一通り散歩してから宿の近くの屋台でフォーを食べることにした。2万ベトナムドン、およそ120円。初めて食べる本場のフォーである。お皿に盛り付けられた香草をたっぷり入れるとじつに優しい味がした。
パッキングを済ませ、カットバ島へ向かうフェリー乗り場へ向かった。しかしどうだろう、Googleマップで調べたその場所には乗り場らしきものははく、工事中の空き地があるだけだった。近くにいたおばさんに「カットバ、カットバ」と言っていると、隣のコーヒー屋から別のおばさんが出てきた。
「カットバに行くならここでバスを待ちなさい。まだ1時間近くあるから、コーヒーを飲みながら待ちなさい」
本当にここにバスが来るのだろうか。たしかに無造作に置かれた看板にはカットバ行きのフェリーらしき写真が載っているのだが……。おばさんの口車に乗せられて、Mサイズのココナッツコーヒーを頼んで待つことにした。ココナッツコーヒーはココナッツミルクが入った甘いコーヒーで、砕いた氷と混ざった日本のコンビニのフラッペみたいなものだった。ベトナムはコーヒー豆の生産量が世界で2番目に多く、さまざまな種類の飲み方で楽しまれている。
コーヒーを飲みながらカットバ島への行き方を話あっていると、おじさんがバイクに乗ってやってきた。カットバ行きのチケットを売ってくれるという。14万ドン、およそ850円ほど。ぼったくりではなさそうだが、バス待ちのコーヒー屋といい、チケット売りのおじさんといい、観光客を相手にしたよくできたシステムである。とはいえ、チケット売り場を探さなくてもいいのは助かった。
しばらくするとバイクに乗ったおばちゃんがやってきた。今度はなんだ? 両ハンドルに赤いプラスチックのバケツと折りたたみ椅子が下げられ、うしろにはこれまた赤いカゴが取り付けられている。そしてサドルの後ろには折り畳まれたパラソル。しかしおばちゃんはぼくらには見向きもせず、コーヒー屋の隣の家のおじちゃんにビニール袋に入った赤いキムチのようなものを渡すと颯爽とバイクに跨って走り去った。よく見ると、ガソリンエンジンなのにペダルがついているではないか。バイクなのか自転車なのか……そういえば原付の正式名称は「原動機付自転車」。これが本当の原付なのか? 調べてみると、ペダル付きバイクは日本でも戦後の復興期に流行ったらしい。しかしホンダスーパーカブなどの台頭とともにその姿を消し、ペダルのない原付が普及していったのだという。ちなみに、最近はヨーロッパや中国で「モペット」というペダル付き原動機付自転車が普及しているらしいが、おばちゃんが乗っていたのが昭和の匂い漂う乗り物だったことはいうまでもない。
そろそろバスの時間である。コーヒーの代金をおばさんに渡すと、
「いやいや、あれはLサイズだから35万ドンよ」
全く悪気のない顔でおばさんはそう言い張るのだった。
果たして、このおばさんの言う通り本当にここにバスは来るのだろうか? ボロボロの小さなバスが来たので乗ろうとすると、コーヒー屋のおばさんに止められた。さすがにこれは違うらしい。ややあって、きれいで新しい大きなバスがやってきた。たしかに「CAT BA」と書かれている。おばさんを見ると大きく頷いている。なんだかよくわからないけれど、旅は順調である。
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