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イタリア・ロカーナ村でのマウンテンフェスティバル参加|筆とまなざし#386

クライミングレジェンド、ロベルト・ペルッカを偲び「Green spit」へ。

 フランスのシャモニからイタリアのオルコまでは意外と近く、グーグルマップのナビだと所要時間は2時間ちょっと。休憩を入れても3時間あれば着くはずだった。はずだったというのは実際には5時間かかったからである。バカンスシーズンが始まったことと交通整理が全く行き届いていないためだろう、モンブラントンネルのゲート手前で大渋滞。15時前にシャモニを出発したにもかかわらず、ロカーナの宿に着いたのは20時を回っていた。この時期は21時すぎまで明るいのでそれほど遅いとは感じなかったが休憩なしのドライブはさすがに疲れた。

 今回の旅の最大の目的は、ロカーナで行なわれるマウンテンフェスティバルに参加することである。4日間行われる村のイベントで、3日目に「Green spit」の初登者でこの地のクライミングレジェンド、ロベルト・ペルッカを偲ぶ催しが企画される。そのイベントにゲストとして呼ばれたのである。

 ところが、720日にその催しが計画されている以外、現地からはなんの連絡もない。何時にどこで行なわれるのか、呼ばれたのはいいけれどなにをしたらいいのかさっぱりわからない。アパートに到着してから友人のグラチアーノにメッセージを送る。すぐに返信があり、イベントは朝10時から近くの村役場で行なわれることがわかった。

 翌朝、10時前にアパートの向かいにある教会でグラチアーノと落ち合った。約一年ぶりの再会である。役場までは歩いて数分。古い石畳の通りの石造の壁に、イベントのチラシが貼られていた。

「ヨーヘー、大役だぞ!」

 グラチアーノが指差したところにはぼくの写真が載せられていて、グーグル翻訳を使うと「成瀬洋平氏によるGreen spitのデモンストレーションがあります」と書かれている。冗談じゃない。完登直後ならまだしも、足首を怪我して数ヶ月まともに登っていない。しかもいまは暑すぎる。

「いやいや、足をケガしていて無理だよ」

「まあ、そうだよね。大丈夫、大丈夫」

 どぎまぎしながら会場へ向かうと、役場にはすでに20人ほどの人々が集まっていた。役場の一室にロベルトやオルコでのクライミングの歴史を紹介するパネルが展示されていた。ロベルトのご家族の姿もある。とてもアットホームな雰囲気で、ロカーナらしいなと思う。役場で働くエレオノラさんに、デモンストレーションの件を丁重にお断りする。

「そうですよね、まったく問題ありませんよ。来てもらえただけで十分です」

と笑顔で答えてくれ、すっかり緊張も和らいだ。

 パネルの説明が終わるとテープカットがあり、地元の特産品が詰まったバスケットをいただいた。そしてみんなで乗り合わせて「Green spit」へ向かった。

 「Green spit」へは、村より数キロ上流にある小さな橋を渡ってアプローチする。しかし今年71日の大雨で橋が壊れてしまったそうで、さらに上流の橋から回り込むようにアプローチするようになっていた。ところで、初めて「Green spit」を訪れた一昨年は、岩場へ向かう踏み跡もほとんど見当たらず藪漕ぎをしながらたどり着いた。昨年になると薮が切り拓かれ明瞭なアプローチ道が作られていた。そして今年はイベントのためもあるだろう、立派な道標が設置されていておどろいた。「Green spit」やロベルトの功績、そしてこの地でのクライミングが見直され、地域ぐるみでクライミングに取り組み始めたように感じられた。

 「Green spit」の取り付きには、老若男女問わず村人たちが30人近く集まった。しかもおよそクライミングをしなさそうなおばあちゃんたちも含めてである。きっと、みんな初めて「Green spit」を見上げたに違いない。デモンストレーションができないことに申し訳なさを感じたが、楽しそうにおしゃべりをするみんなの姿に救われた。クライマーでもない地元の人々が、ひとりのクライマーを偲び、一本のルートのもとに集っている。谷を渡る清々しい風のように、そこにはこのうえなく穏やかな時間が流れていた。

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PROFILE

成瀬洋平

PEAKS / ライター・絵描き

成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

成瀬洋平の記事一覧

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

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