懐深き吉野熊野の秘境、大台ヶ原|山本晃市の温泉をめぐる日帰り山行記 Vol.8
山本 晃市
- 2024年09月17日
INDEX
温泉大国ニッポン、名岳峰の周辺に名湯あり!
下山後に直行したい“山直温泉”を紹介している小誌の連載、「下山後は湯ったりと」。
『PEAKS No.168』では、紀伊半島を流れる熊野川の支流、北山川沿いに湧く上北山温泉へ。とろりと肌にまとわりつく湯を浴び、湯ったりと至福のひとときをすごしました。
今回向かうのは、その北山川の水源地にあたる大台ヶ原です。
「大台ヶ原に登って雨に遭わなかったら、よほど精進のよい人と言われる」と深田久弥に言わしめた、日本屈指の豪雨地帯。
はたして、その言どおり待ち受けるのは容赦ない雨か、それとも……。
日頃の精進が試される秘境の山域を、のんびりとめぐります。
山直温泉の記事・情報は
『PEAKS 11月号(No.168)』の
「下山後は湯ったりと」のコーナーをご覧ください。
編集◉PEAKS編集部
文・写真◉山本晃市(DO Mt.BOOK)
奥深い山域に広がる深山幽谷の世界
奈良県を南北に貫き、波打つように幾重にも山々を連ねる大峰山脈と台高山脈。いずれも吉野熊野国立公園を形成する紀伊半島の脊梁、「近畿の屋根」とも呼ばれる大山塊だが、その知名度には大きな違いがある。
前者は、熊野古道や大峰奥駈道が「紀伊山地の霊場と参詣道」として登録された世界文化遺産の地。登山口のひとつ、天川村の「従是女人結界」と刻まれた碑、女人結界門を知る人も多いだろう。大峰山(大峰山脈)は、もちろん「日本百名山」でもある。
一方、後者はなじみのある人のほうが少ないのでは。今回歩く大台ヶ原は、台高山脈の南端、奈良と三重の県境に広がる大平(おおだいら)と呼ばれていたなだらかな台地。1927年に「日本百景」、1989年に「日本の秘境百選」に選定された深山幽谷の世界が広がるまさに秘境だが、現在はドライブウェイで手軽にアクセスできる。
柿の葉寿司か、めはり寿司か。お弁当で前泊地を決める
大台ヶ原へのアプローチは、関東方面からなら大きくふたつ考えられる。ひとつは奈良県側から南下するルート。もうひとつは三重県側からの北上ルートだ。いずれも峠道をうねうねと登り、最終的には大台ヶ原ドライブウェイを利用し、登山口のある大台ヶ原ビジターセンターをめざす。
さて、どちらから行く? 考えていると、ふと柿の葉寿司とめはり寿司が頭に浮かぶ。奈良を本場とする柿の葉寿司は、サバやサケなどの切り身に酢飯を合わせ、柿の葉で包んだ全国区の押し寿司。一方、めはり寿司は熊野地方の郷土料理で、麦飯や高菜飯を高菜の浅漬けでくるんだ丸いおにぎり型の寿司。思わず目が張るほどに大きな口でほおばってしまうことから、“目張り”寿司と呼ぶ。
いずれも昔ながらの保存食でもあり、山のランチにもってこい。迷った末、思い切り山でほおばることを想像し、今回はめはり寿司とした。柿の葉寿司は下山後のお楽しみだ。ということで、前泊地を熊野市に決め、市内の商店でめはり寿司を買った。
雨と霧の山、晴れていたら精進の賜!?
年間平均降水量およそ4,800mm(現地記載データ)という大台ヶ原は、日本屈指の豪雨地帯。この数字は大阪市や奈良市の3倍以上にのぼる。「一年に366日雨が降る山」とも言われており、実際、年200日以上が雨降りだという。
豪雨の要因は、黒潮の温かい湿気を含んだ南東気流が大台ヶ原にぶつかって生まれる大きな上昇気流。この気流に前線や台風が重なることで、かねてより激しい風雨にさらされてきた。
なかでも1959年の伊勢湾台風によるダメージは非常に大きなものだった。大半の樹木がなぎ倒され、倒木が搬出された。その後、林床が乾燥し、コケ類が激減。東大台地区はミヤコザサが一面を覆い、しっとりとした苔むす森がいまの姿へと変わってしまった。こうした経緯から、現在、大台ヶ原では100年先を見据えた苔むす森の再生事業が進められている。
とはいえ、豪雨は自然の恩恵でもある。熊野川や紀ノ川、宮川など、いくつもの清流を生み出し、紀伊半島一帯を潤していく。山の栄養分を豊富に含んだ水は、豊潤な海をも育む。豊かな自然が希少な生態系を保持し、多彩な動植物や昆虫が棲息することから、1980年にはユネスコの「生物圏保護区(ユネスコエコパーク)」に登録された。
雨と霧の山、大台ヶ原。かの深田久弥は「大台ヶ原に登って雨に遭わなかったら、よほど精進のよい人と言われる」と『日本百名山』に記している。
のどかな東大台のトレイルをのんびり散策
大台ヶ原は大きくふたつのエリアに分けられる。大台ヶ原ビジターセンターの西側に広がる西大台と東側の東大台だ。
西大台は貴重な森林生態系が残るエリア。将来にわたり自然環境を保持し、より質の高い自然体験の場を提供することを目的とした、環境省による「利用調整地区」に指定されている。そのため、トレイルはほぼ未整備。入山するには事前レクチャーが義務付けられており、入場制限も設けられている。
反対側の東大台は、エリア全体に整備されたトレイルが行きわたる。「日本百名山」のなかでも比較的手軽にピークハントできる一座でもあり、お隣の大峰山脈とはまた違った魅力を有している。
今回歩くのは、「水平志向」派にうってつけの東大台。ビジターセンターを起点に、4時間ほどで歩ける周遊路をめぐる。1周約7km。おすすめは、標高1,695mの最高峰日出ヶ岳を最初にめざす時計回り。また、外周路の中央部を貫く中道があるので、半周コースという設定も可能だ。1周コースは、日出ヶ岳山頂への往復とシオカラ谷前後のトレイルを除けば、アップダウンがほとんどなく、ゆったりとした山歩きを楽しめる。
ビジターセンターの駐車場を出発後、熊野灘を見下ろす展望台を経て日出ヶ岳へ。山頂と手前にある展望台からの眺望は、いずれも抜群。吉野熊野の重畳する山々と深い溪谷、さらには太平洋、熊野灘を一望できる。
山頂を踏んだあと、展望台へと再び戻り、正木ヶ原、尾鷲辻へ。尾鷲辻にはコース上唯一の東屋があるので、ランチや休憩スポットとしてお勧めだ。ここまでが周遊コースの前半部分となる。
後半はまず、日本の初代天皇、神武天皇の像が立つ牛石ヶ原へ。神武東征の際、熊野からこの地を越えていったという伝説から、銅像が建立されたという。その先、周遊路から少し外れるルートを進むと、目のくらむような断崖絶壁に突き出す岩場、大蛇嵓に出る。最先端部までおそるおそる進む。谷底まで、およそ1,000m。ここから見渡す景観は、まさに圧巻。とはいえ、アプローチはドキドキもの。高所が苦手な場合は、ご注意を。
大蛇嵓から再び周遊路へと戻る。さらに歩を進め、吊り橋のかかるシオカラ谷を越えてゆく。溪谷を流れる清流に癒され、最後のひと登りを終えると、まもなく駐車場だ。
東大台をぐるりとめぐる本コースは、短いながらも見どころが多い。が……、今回はほとんど霧のなかでの散策だった。これも日頃の精進の賜か? 下山後の温泉と柿の葉寿司に癒されよう。
山行&温泉data
コースデータ 大台ヶ原
コース:大台ヶ原ビジターセンター駐車場~展望台~日出ヶ岳~展望台~正木嶺~正木ヶ原~尾鷲辻~牛石ヶ原~大蛇嵓~シオカラ谷吊橋~大台ヶ原ビジターセンター駐車場
コースタイム:約4時間
標高:1,695m
距離:約7km
下山後のおすすめの温泉 奈良県/上北山温泉
■フォレストかみきた 上北山温泉「薬師湯」
奈良県吉野郡上北山村大字河合552-2
TEL.07468-3-0001
入浴時間:日帰り 13:00~21:00(最終受付20:30)
定休日:第1・第3火・水曜(ハイシーズンは営業)
入浴料:日帰り大人¥700 子ども\350
泉質:アルカリ性単純温泉
アクセス:大台ヶ原ビジターセンター駐車場より車で約40分
山直温泉の記事・情報は
『PEAKS 11月号(No.168)』の
「下山後は湯ったりと」のコーナーをご覧ください。
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PROFILE
PEAKS / 編集者・ライター
山本 晃市
山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。
山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。