
嵐の中の追跡 その3|旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺 #47

高橋広平
- 2025年02月24日
この季節は毎日が天気予報とのにらめっこである。主な活動フィールドが北アルプス、なおかつ冬山のため、山に入るために入念に天候を読んでいる。前後の気温差なども雪崩の可能性を知るのに非常に重要な情報である。とにかく冬の北アルプス山行は「必ず帰宅できるように行く」という強い意志と準備が大切である。
編集◉PEAKS編集部
文・写真◉高橋広平
嵐の中の追跡 その3
前回、雪庇の向こう側に編隊を組んで飛び去ったオスライチョウの群れ。これにより越冬群の陣頭指揮はその群れのボスが行なっているということが目視で証明された。野生動物の群れの行動にボスが存在するのは知られたことだと思うが、実際にボス的行動を目にする瞬間はそう多くない。
しかも写真の場合は、撮れなかった瞬間は“なかったこと”になってしまうので、狙った瞬間の前後も撮影して記録するということは学術的にも非常に重要だったりする。とくにライチョウの場合は、一年の生活史のなかでも季節によって生活単位が単独から番い、家族から地域集団のように必要に応じて柔軟に変異する珍しい生き物なので、彼らの生態を撮り続けることは、自己表現であるいっぽう、微力ながら彼らの未来に役に立っていると信じている。
さて、飛び去ったライチョウたちのその後の話に戻そう。
とてつもない強風のなか、きれいに飛んで行ったオスの群れ。向かった先は現地点から方角を西にとった方向、太陽は真上から少し傾き落ちている。この日は探索を終えたのちに下山をする予定だったので探索時間は限られていた。下山行動開始まで残り2時間。目の前にそびえる斜面とその縁の大きく伸びた雪庇を睨み、追跡か否か自問自答する。あと1時間進んでから引き返す、時計と相談して追跡に舵を切った。
雪庇の向こうに消えていった彼らを追うには悠長にはしていられない。飛翔軌道から進行方向を推測して斜面を上り、突破する積雪量をできるだけ減らすため、雪庇が薄そうなポイントまで迂回する。雪庇直下に到達後、意を決して頭上の雪庇をピッケルで殴り飛ばす。降りかかってくる雪を払い、胸ほどの高さのラッセルと掘削作業をしながら5分に1mほどの速度で徐々に歩を進めていく。
やっとの思いで雪庇を貫通、乗っ越すことに成功した瞬間、前方から風速20mを上回る風雪が襲いかかってきた。斜面が盾になって凌げていた風が、遮るものがなくなったおかげで直撃してきたのだ。のけ反らされアゴが上を向いた状態では息すらできない。瞬間的に風に背を向け暴風姿勢になり息を整える。「進まなければ撮れない」と踵を返し前傾姿勢で踏み出す。イメージとしては、某199x年が舞台の世紀末アニメのオープニングの砂嵐のなかを進んでいるシーンが近いだろうか。幸い一時は胸まであったラッセルも、乗っ越した先は膝下までの深さになっていた。ライチョウの群れが進んでいったであろうルートを予測し、突き進む。
進行方向西の空に浮かぶ、嵐の奥で鈍く光る太陽はだいぶ低くなっていた。下山までのタイムリミットが迫るなか、消えかけながらも新鮮なライチョウの足跡を捕捉することに成功。私のなかの野性の勘は間違っていなかった。
今回の1枚は、嵐の中を追跡した一連の写真の3枚目だ。写っているのは4羽だが、少し離れたところにもう1羽はちゃんといた。この厳しい環境のなかをものともせずに生活している姿を見て、改めてこの子たちの逞しさを実感した日であった。
今週のアザーカット
いくつか温めている企みをここでひとつ。写真は少し前に作成したオリジナルのライチョウデザインなんですが、これをそろそろ商品化できないかと友人と相談しております。じつはすでに世に少数流通しているのですが非売品としてのみで、一般販売できるものがなかったのです。いろいろ決まり次第報告しますのでお楽しみに。ちなみに、NHK長野放送局の土曜日の朝の情報番組「どどどど!信州イチオシ」のスタジオのゲスト席の後ろにいくつか飾られています。興味のある方はチェックしてみてください。
お知らせ
3月10日(月)の更新はお休みになります。次回、第48回は3月17日公開の予定です。
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PROFILE

PEAKS / 雷鳥写真家・ライチョウ総合作家
高橋広平
1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。 Instagram : sundays_photo
1977年北海道生まれ。随一にして唯一のライチョウ専門の写真家。厳冬期を含め通年でライチョウの生態を紐解き続けている。各地での写真展開催をはじめ様々な方法を用いて保護・普及啓発を進めている。現在「長野県内全小中学校への写真集“雷鳥“贈呈計画」を推進中。 Instagram : sundays_photo