雲研究者・荒木健太郎さん「雲を愛することが防災につながる」
ランドネ 編集部
- 2019年09月28日
積乱雲など災害をもたらす危険のある雲を中心に研究する荒木健太郎さん。
実態を解明し高精度予測に努める一方で、より多くの人に興味をもち活用してもらうための道を模索中。私たちが楽しみながら気象を知り、災害に備えるヒントをお聞きしました。
——「雲研究者」という肩書ですね。
子どものときから雲が好きだったわけではないんですよ。数学が好きで、数学を使って人びとの生活に役立つ学問をやりたくて、気象学の道に入りました。けれど、気象大学校卒業後、地方気象台で予報や注意報、警報を作って発表する仕事をするなかで、未知なこともあり、それを解かないと先に進めないという思いをもつようになり、気象研究所に来ました。
最初は雲を研究対象としてしか見ていませんでした。いまのように写真も撮っていません。
きっかけは2014年に執筆した『雲の中では何が起こっているのか』です。一般の人にわかりやすく書くために、イラストを描いてみました。キャラクターを作って熱力学を説明することを考えるうちに、「雲の気持ち」を想像するようになり、雲が好きになりました。「雲研究者」と名乗るようになったのは、このころからです。
出版後、SNSなどを通じて読者と交流する機会も増えました。
——毎日、美しい雲、空の写真をSNSに投稿していますね。
まずは空を見上げてほしい、雲を好きになってほしいという思いからです。こう思うようになったのにも、きっかけがありました。
出版後、茨城県常総市の中学校や教育委員会で講演する機会がありました。そのとき、「集中豪雨はどこでも起こり得る」ということや、ハザードマップをチェックし備える必要性を話しました。その後同年9月、鬼怒川が決壊し、講演をした地域も被災しました。のちに彼らに話を聞くと、「まさか災害が起こると思っていなかった」と。この言葉は、気象災害の被災地ではいつも耳にします。講演を聞いた直後は、防災に対する意識が高まっても、その後は長続きしません。防災って、肩に力が入るから。だったら、もう少し楽しんでもらえることはないか、楽しみながら気象や防災について考えられないか、と考えました。楽しむために気象情報を使うというアプローチです。
——楽しむための気象情報、それは興味深いです!
虹ってどうやって見ますか? たまたまでしょう。でも通り雨のとき、レーダーで雨が抜けるタイミングを見計らい、太陽と反対側の空を見上げると、だいたい見ることができるんですよ。私の虹の写真は、ほとんどねらって撮りました。夏の関東では、山から積乱雲がやってきて、夕立が去り、西日が差したころに東の空で見ることができます。虹ができるメカニズムやレーダーを使った見方を知れば、格段に会いやすくなります。
ブロッケン現象もねらえます。濃霧のなか、クルマのライトをハイビームにして、光の先に行けば、ブロッケンができる。雲がある状況で自分の後ろに強い光源があるという原理なので、それが太陽でなくてもよいのです。
空を見上げることや、気象情報のチェックを楽しみながらできたら、長続きするだろうし、いざというときに使える。興味をもたないと、身を守ることにすらつながらないと思っています。
——日常でとくに気を付けたい雲は、ありますか?
皆さん、積乱雲はわかりますね。積乱雲になる前の雄大積雲のときに、アタマのところにベール状の雲があれば、雄大積雲の上昇流が湿った空気の層を持ち上げてできた頭巾雲です。つまり、頭巾雲がある場合、雄大積雲が勢いよく発達しているということ。大気の状態が不安定でこの雲は、積乱雲に発達する可能性があります。自分がいる場所にも、雷雨がやってくる可能性があるということです。
かなとこ雲は、映画『天気の子』によく出てきました。上部が平らになっている背の高い雲です。積乱雲が限界まで発達すると、それよりも上にいけず、横に広がっている状態です。かなとこ雲があるということは大気の状態が不安定なので、天気の急変が起こりうるということが想像できます。
——レーダーや気象情報の有効的な活用方法も教えてください。
積乱雲の中の粒子がある程度大きくならないと、気象レーダーに写りません。レーダーに反映されてから10~20分後には豪雨ということがあり得ます。レーダーはチェックしてほしいですが、それだけでなく空を見上げてください。山岳地帯の場合、レーダーと山の位置関係によっては、遮られ上部しか見えていない場合もあります。
ニュースの天気予報だけでなく、何日か前から府県気象情報で警戒が呼びかけられ、何時間か前から気象警報が発表されます。観天望気で読み取れることは、短時間のことであり、危険のサインは災害の直前に現れるもの。大気の状態を可視化しているのが雲です。その前に、気象情報で長期的なことを把握していただきたい。気象情報を使いながら、登山を計画し、災害が予想される場合は避難行動の計画を立てるとよいです。
——専門性を活かして、一般社会に投げかけていることは?
気象庁が発表する気象情報は、近年わかりやすく、使いやすくなってきました。それは自然災害が増えたこともありますが、技術の進歩でもあります。新しい情報提供の形態ができたときには、率先してそれを皆さんにお伝えしています。どんなに高精度な情報を発信しても、活用してもらわなければ、意味がありませんから。
冬には、一般の方々に雪の結晶写真を、SNSに投稿してもらう研究活動を行なっています。スマホで撮った写真にハッシュタグをつけて、投稿します。私はそれを集計し、研究材料にします。関東地方に大雪をもたらす雲は、未知な部分が大きく、それについて研究しているからです。
この取り組みは、科学者が広く研究材料を得られるだけでなく、人びとが気象に関心をもつきっかけにもなります。このような市民参加型の研究をシチズン・サイエンスといいます。雪の結晶を投稿することによって、結晶をよく観察するようになるし、ひいては美しい結晶をねらうために、気象情報に注目し、空を見上げるようにもなります。科学リテラシーの向上という側面もあります。空や雲の動きに興味をもつことが、ゆくゆくは防災、減災にもつながることと、同じです。
きれいな景色は、誰もが好きですよね。虹に出会えたらうれしいものです。そういった小さな関心や喜びを、まずは味わってもらいたいです。
※自然現象など天気の変化を予測すること
荒木健太郎(あらき・けんたろう)
雲研究者、気象庁気象研究所研究官。1984年茨城県生まれ。主な著書に『世界でいちばん素敵な雲の教室』『雲の中ではなにが起こっているのか』。映画『天気の子』(新海誠監督)気象監修。
引用/アウトドアで防災BOOK
¥1,400(税抜) 2019.9.28発売
写真◎荒木優一郎
写真提供◎『雲を愛する技術』(光文社新書)
文◎柏 澄子
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PROFILE
ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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